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なんとなく予感はしてたんだ。
◇
ツアー昼の部のステージから楽屋に戻った時に気付いた携帯の動画メール。
少し薄暗い場所に浮かび上がっているごっちんの顔はちょっとニヤニヤした感じ…。
この顔はよく知ってる、二人して圭ちゃんを驚かせたり梨華ちゃんをからかったりする相談をしてる時によく見ていた表情だ。
『よしこー誕生日だねぇ、おめでとー!ライブがんばってねアタシも明日初日だよーキンチョーしまくりー』
小さな液晶画面の中でごっちんの笑顔が揺れる。
『………大好きだよ』
ちょっとした沈黙のあと少し真顔になって辺りを見回してから小声で付け加えられた一言はウチにとって最高のプレゼント。
もう一度再生しようとボタンに指をかけたところで、視界の端から伸びてきた手に携帯を奪い取られる。
気付いて咄嗟に避けようとしたけれど汗で滑ったウチの手から携帯はスルリと離れてしまう。
「やーらしいなぁ、ニヤニヤしちゃってさぁ。…んー、ごっつぁんかぁ」
勝手にメールを再生し始めた小柄な先輩の手から携帯を奪い返そうとしたのに、それは次々にメンバーの手にパスされていく。
ちょっと…先輩方!イイ歳して小学生のイジメですか?
矢口さんから始まったパスはカオリン、圭ちゃんを経て安倍さんでゴール。
「うわぁ『大好きだよ』だってぇ…もうなっち照れちゃうべ」
なんで、安倍さんが照れるんですか?
ってか、そこまで再生される前に取り返したかった。
「もう、いいから返してくださいよぉ!」
安倍さんの元へ近づこうとするとカオリンがふざけて抱きついて来る。
「酷いわ、あたしというものがありながら…よしおさん」
いや、今カオリンと不倫ごっこする気分じゃないし…。
そんな間にも安倍さんはもう一度動画を再生しようと携帯を操作しているみたい。
「あー、よっすぃーゴメン、なっち間違ってメール消しちゃったよ」
「えーーー!!」
楽屋の中に居たメンバー全員どころか廊下を歩いていたマネージャーまで驚いて部屋をのぞき込むほどデカイ声でウチは叫んでしまった。
「そんな大きい声ださなくっても…ウソだってば!ちょっとした冗談っしょ」
ウチの声に目を丸くした安倍さんが携帯をさしだして顔の前で手刀を切るような仕草で近づいてくる。
ほんと、かわいい顔して結構キッツイんだよな安倍さん。
携帯を取り返したウチは汗を拭くのもそこそこに一人になれる場所を探して楽屋を出た。
一人になれる場所と言ってもライブの舞台裏、どこもスタッフや関係者でごった返してて結局ウチはトイレの個室くらいしか思いつかない。
んー、恋人に送る動画メールを撮るには不似合いな場所だよね。
でも、人の居る所で『ウチも大好きだよ』なんて言えないし、省略したらごっちん拗ねるだろうし…。
個室にこもっているとはいえ、みんなが使うトイレだし人の出入りがあるたびバレやしないかと緊張する。
結局ウチは小声で『メールありがとう。ごっちんも明日のライブがんばってね、ウチも大好きだからね』と早口で撮った動画を返信してそそくさとトイレを後にした。
楽屋までの廊下ですれ違ったスタッフに楽屋でカオリンが呼んでいると伝言を伝えられて途中から小走りになる。
反省会かな?ちょっと早くない?
みんな楽屋に戻ってそのまま着替えたのだろうから、きっとウチが最後だ。
あわててドアを開けて部屋の中に駆け込む。
「18歳の誕生日おめでとう!」
突然のことで一瞬固まってしまった。
一斉に鳴らされるクラッカーの音に面食らいながら皆を見回す。
なにさ、驚かそうって秘密で計画してくれたの?
ステージ上でハッピーバースデーを歌ってくれるのも嬉しいものだけど、こうやって次々にみんなが寄ってきて「おめでとう」を言われるのはやっぱいいな。
クラッカーでモロにウチを狙って来た辻と加護にはちょっとオイオイって感じだけどさ…。
メンバーからのプレゼントを受け取りながら…どうしてここにごっちんが居ないんだろうって、みんなには悪いけどふっと寂しさが過る。
けど、もうあと二時間もすると夜の部の準備という慌ただしいライブの楽屋でいつまでも沈んではいられない、ちゃんとしなきゃ…一人で頑張っているごっちんに笑われちゃうよね。
忙しい合間だから楽屋でのサプライズパーティはほんの10分程で終了。
その後は切り分けられたバースデイケーキも一緒に並べられたケータリングに群がる子供チームをからかったり、しつこくメールの件で冷やかしてくる矢口さんとふざけてて何語なんだかサッパリ解らない歌詞カードとにらめっこしてるカオリンにうるさいって怒られたりしながらあっという間に時間がすぎた。
歌っている時は集中できる、すっごく楽しくて余計なこと考えなくて済む。
ライブが終わってホテルに向かう移動車の中も、まだ興奮の余韻が残ってて身体は疲れてるのに妙にハイテンションで…だから寂しいなんて思う暇もなかった。
けれどホテルの部屋に入って一人になると静かさが寂しい気持ちを呼び覚ます。
急に身体に力が入らなくなった気がして荷物を床に放りだしドアに凭れたまま座り込む。
MDプレイヤーのボリュームをいっぱいに上げて頭の中から寂しさを追いだそうとしたけどダメだった。
たとえ話なんかじゃなく鳩尾の奥にある何かを押しつぶされるような苦しい感覚。
「寂しい」は頭の中じゃなく胸の奥にある、耳から入ってくる大音量も胸の奥にまでは届かないみたい。
なんだか一人でこのまま居たら泣いてしまいそうな気がした。
「はあ、加護の部屋にでも行くかな…」
漏らした呟きは誰もいない部屋にいつまでも漂ってるようで、今自分が一人だってことがことさらに身にしみる。
以前は横にいるごっちんがどんなに突拍子もない独り言にでも反応して笑ってくれたり相づちを打ってくれたから独り言は独り言でなくなってたんだね。
鼻の奥がツンとして来たのをあわてて頭を振ってごまかす。
無理矢理立ち上がって本当に誰かの部屋に行こうとドアノブに手をかけたとき、チャイムの音が響いた。
◇
そう動画メールの表情を見て、なんとなく予感はしていた。
でもそんなことあるわけないって普通に考えたらそんなことない…って。
◇
ドアスコープに顔を近づけて外の様子をうかがう。
そんなことあるわけない。
レンズを通した向こうには見慣れた笑顔。
広角レンズ特有のヨコに広がった視界にちょっと歪んだごっちんが微笑んでいる。
あわててロックをはずして、ごっちんを招き入れた…本物だ本物のごっちんだ。
「誕生日おめでとう、来ちゃったよ……へへ」
レンズを通していないのになぜかちょっぴり歪んでいるごっちんの笑顔。
「なんでこんなトコに、ダメだよ明日ライブじゃん…」
嬉しくて嬉しくて奇声を上げて走り回りたいくらい嬉しいのに素直になれない。
「うれし泣きしてるクセにそんな事言わないでよぉ」
そう言ってウチに抱きつくごっちん。
きっと仕事を終えて新幹線に飛び乗って来たんだろうにごっちんの声には全然気負ったところがない。
「だって、ウチの為にそんな無理して疲れてるのに大丈夫?」
ウチの肩に顎を乗っけて『ふふ…』と小さく息だけで笑うごっちん。
「よしこの為じゃないもん、アタシが会いたいから来たんだもん」
ほんの少しだけ身体を離してニカっと笑顔を見せる。
「でも…」
自分でもイヤになるくらい素直じゃないウチの言葉は声になる前に、ごっちんのやわらかい吐息に飲み込まれる。
唇が離れても残るリアルな感触に頭の奥がクラクラする。
寂しさに押しつぶされるようだった鳩尾の奥は、突然のごっちんの出現で楽になるどころか別の何かで更に締めつけられて苦しい。
いつもそうだ、躊躇ってばかりのウチ。
気持ちが高ぶって、キスをしたいと思っているのにごっちんの顔を見つめていると、照れ臭くて…そんな時いつもごっちんは全て解っているって顔でウチに優しいキスをくれる。
でも、その後は何も言わずにウチの首に腕を回して、上目遣いに口元に微かな笑みをたたえてじっと見つめてくる。
それでもウチが躊躇っていると『ん…?』と小首を傾げて問いただすような眼差し。
あどけない表情だけど、どこか妖しい雰囲気で見つめられるとウチはようやく理性を手放して落ちていく。
「真希…」
いつもと違う呼び方でそっと抱きしめて口づける。
それが始まりの合図。
いつでも、同じ手で落ちてしまう自分がちょっぴり悔しくて…。
「そんなに?…がまんできなかった?」
ちょっと強がって余裕があるふり、意地悪っぽく笑ってみる。
ごっちんの手がウチの髪を束ねたゴムをほどいていく。
「…だってさ、メールのひとみの顔がすっごい『欲しそう』だったから」
『ひとみ』と名前で呼ばれて最後の強がりもそれまで。
…我慢できないのはやっぱウチの方だ。
ごっちんの背中をドアに押し付けるようにして激しいキスを繰り返す。
次第に力の抜けていくごっちんの肩からトートバッグが滑り落ちて散らばった中味が『ガシャ』っと鈍い音を立てる。
ドア越しに人の気配。
「吉澤?どうかした?」
ちょうど通りかかったらしいマネージャーの声が遠くのこだまみたいに感じる。
「なんでも…ないです、ちょっとドライヤー落っことしちゃって」
「そう?明日もあるんだから早く寝なさいよ」
離れていく足音を聞きながらごっちんと額を付け合って小さく笑う。
マネージャーさん、ごめんなさい。
ちょっと、ちょっとだけ夜更かしします…。
「ベッド行こ…?」
「…ん」
すぐそこにあるベッドに移動する間ももどかしい。
もつれ合うように倒れ込んで互いの衣服に手をかける。
ウチの指がラインをなぞるのに合わせて漏れるごっちんの声が
狭いホテルの部屋を埋め尽くす。
どこまでも上昇していくような体温のせいで理性はみるみる蒸発させられてウチの身体は発火寸前。
本当はゆっくりと時間をかけるのがウチらのスタイル。
けど今日は部屋中を満たすごっちんの吐息に窒息しそうで、
溺れる人が助かろうともがくような必死さで激しくごっちんを求めてしまう。
案の定、加減できないウチの行為にごっちんはあっさりと達してしまった。
荒い息遣いに合わせて上下するごっちんの肩。
腕まくらをして優しくその肩をなでているうちに、
部屋の中の張りつめていた空気は次第に緩んで本来の二人の間に流れる
まったりとした空間が戻ってくる。
「ふ…ぁぁ」
小さなあくびを繰り返すごっちん。
しばらくすると規則正しい寝息があくびに取って代る。
セックスの後身体を寄せ合ってマッタリしていると必ずごっちんはいつの間にか眠ってしまう。
「ありがとう、来てくれてうれしかった…最高の誕生日だよ」
ごっちんが眠ってしまうとウチはようやく素直になれる。
起きているときに言わなけりゃ伝わりっこないのにね。
「いつもいつもごっちんはウチに幸せをくれる…けど、ウチはごっちんを少しでも幸せに出来てるのかな?」
「そんなこと心配してるんだ?」
いきなり返事が返ってきてドアの外にごっちんが立っていた時以上に驚いた。
眠ったと思ってたごっちんの手が伸びてきて弱音を吐くウチの唇に触れる。
「あのね、よしこはアタシを幸せにしようなんて考えなくていいんだよ。それはアタシに任せてよ」
ごっちんは少し身を起こして覆いかぶさるようにウチの目をのぞき込む。
「頑張って会いに来ちゃうのはアタシが幸せになりたからで…でも無理して倒れたりしたらよしこ悲しむでしょ?それってアタシにとっては不幸な事じゃん。だから、ちゃんとその辺は考えてるからさ」
すごく穏やかで、でもやっぱり少し眠そうな顔で微かに笑ってごっちんはウチの胸に頭を乗せるように寄り添ってくる。
「よしこが幸せそうな顔で笑ってくれるのがね、アタシにとっての一番の幸せなの。だからよしこはよしこ自身を幸せにしてね」
少し甘ったるく小さな声で付け足されたその言葉はアタシの胸の中で共鳴を起こしたように身体中に響いてあっという間に四肢の先端までごっちんでいっぱいになる。
ライブ初日を控えて不安を紛らせるっていうのもあるだろうけど…あくまでも自分の為に会いに来たんだって言いはるごっちん。
それはきっとウチを心配させない為の言葉。
ウチとのことだけじゃない、いつでもごっちんは誰かに何かしてあげる時には『自分がしたいからしただけ』って顔で…それは時々素っ気無い態度に取られて誤解されることもある。
それでも、ごっちんは『解って欲しい人にだけ解ればいい』って余裕で笑っている。
ごっちんはやっぱりウチよりもずっと大人だよ。
先に18歳になったっていうのに今のままじゃダメだよね…もっとウチも大人にならなくっちゃね。
手始めにちゃんと今の気持ちをごっちんに伝えよう!
………
って思ったのにごっちんは既に静かな寝息を立てていた、今度はホントに眠っちゃったみたい。
疲れているだろうし、このまま寝かせてあげようとベッドの隅で半分落っこちかかっている毛布を片手でたぐり寄せて、ふと思いだす。
明日のライブって何時入りなのさ?
「ごっちん、帰んなくて大丈夫なの!?」
すっかり眠る体勢に入っていたごっちんはうるさそうに目を細めて身を起こす気配もない。
「ねえ、ホントにまずいんじゃないの?」
かわいそうだけど少し乱暴にごっちんの肩を揺する。
「もう、電車ないもん…」
ベッドサイドのデジタル表示はもうすぐ日付が変わる時刻。新幹線の最終って10時頃だっけ?
「ないね…って、どうするの!?」
さっきまでの夢中で愛し合っていた余韻もなにもかもふっとんで一気に正気が戻ってくる。
どうしよう…まさかライブすっぽかし?そんなんさせるワケにいかないじゃん。
「んーぁ…?朝一のに乗れば間に合うからさ…よしこ起こしてね」
ごっちんは慌ててるウチの腕を引っ張ってさっきまでしてたように
腕まくらの体勢にさせるとあっという間に再び寝息を立て始めた。
朝一…って何時?
ごっちんに毛布を掛けてそっと腕まくらをはずす。
とりあえず、さっき脱ぎ捨てた衣服の海から自分のTシャツとジャージを選り出して適当に身体を突っ込む、Tシャツが裏返しだったけどそんなの気にしてらんない。
いつも枕元に置いている携帯に手を伸ばしかけたけど今に到る経緯を思いだして入り口のドアの側に放りだしたままのバッグを拾いに行く。
携帯で新幹線の時刻を調べるけれど、普段は移動のスケジュールなんてマネージャー任せだからなかなか目的のサイトにたどり着かないで苛々。
えーと、東京行きの始発が6時10分だから…ごっちん起こしてシャワーだの身支度だのってあるし、ウチ5時起きぃ!?
「は、はは…」
なんだか笑いが込み上げてくる…まいった。
ベッドに戻って眠ってるごっちんの横にバフっと倒れ込む。
さっき大人っぽい眼差しでウチに微笑んでた顔とは全然違う、無防備でかわいらしい寝顔。
なんかさ、ホントごっちんには勝てないよ。
大人っぽいこと言うかと思えば、子供みたいに無茶なこと平気でしたりさ…。
まあ、そんなトコに惚れちゃってたりするんだけどね。
モゾモゾとごっちんが包まっている毛布に潜り込んで、部屋の照明を落とす。
壁に反射するフットライトの微かな灯の中、目を閉じる前にもう一度ジッとごっちんの顔を見つめておやすみのキス。
この娘になら勝てなくてもいいか、なんて思ってるうちに眠気が襲ってきて…。
あ、もちろんちゃんと携帯のアラームはセットしたよ。
◇
翌朝はごっちんをタクシーに乗せたあと部屋に戻って二度寝したあげく集合時間に遅れそうになった。
圭ちゃんに呆れ顔で注意されたけどギリギリで間に合ったし、そんなの小さい事。
最高の誕生日を過ごしたウチにとってはたいした問題じゃない…よね。
end
オマケ
ライブ終了後の移動車に乗り込んだ時、ごっちんからのメールが来た。
『せっかく行ったのにプレゼント渡すの忘れちゃったよぉ…あは』
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