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【3】
翌朝、アタシにしては珍しく異常なほど早く目が覚めた。
窓の外は快晴、憎らしいほど眩しく青葉が光を反射している。
昨日、圭ちゃんにけしかけられて決めたよっすぃーへのアプローチは、アタシを明るい明日へ運んでくれるだろうか。
「あー、なんか気持ち悪い…」
別にどこも痛いワケじゃない、風邪も引いていないしお腹もこわしてない。
でも、今日よっすぃーに会う事を考えただけでなんだか胸がざわざわして座り込みたくなってしまう。
ステージ前とかも結構緊張する方だけど、こんなふうにブルー入っちゃうのは初めての経験。
それだけ、よっすぃーはアタシにとって大きな存在になっていたんだって改めて思い知らされているみたい。
このままベッドに潜り込んで丸くなったまま一日をやり過ごしたいけど、そうも行かないのが辛いところだ。
今日、最初の勇気を振り絞って仕事に向かうため家を出る。
よっすぃーと話すまでに、あと何回勇気を出さなきゃならないのか見当もつかないまま駅の改札を抜けた。
今日はレギュラー番組の収録、いつものテレビ局に向かう電車の中でも何度も途中下車して引き返したくなる気持ちと戦わなきゃならなかった。
アタシってこんなに意気地無しだったんだ、ってまた知らなかった自分を発見した。
いつもは、品川からタクシーに乗るんだけど、今日は少しでも考えをまとめたかったし、普通に行っても二時間は早く着く時間だったから電車を乗り換えて局近くの駅まで行くことにする。
下車駅からは五分ほどで局に着くけど、なるべくゆっくりと歩いてよっすぃーと話すことを考えてみよう。
歩いていく途中には運河が有って橋を渡った向こうに今日の仕事場であるテレビ局がある。
橋のたもとまで来たところでアタシの歩くスピードは今まで以上に遅くなる。
渡り始めた時、そのスピードはゼロになった。
橋の真ん中辺りで欄干に身体をあずけてボーっと運河を眺めている人影が見覚えの有るシルエットだったから。
「よっすぃー…?」
ちょっと待ってよ、まだ心の準備なんて全然整ってないのにこんなところで会っちゃったらどうしていいのか解らない。
こんなことなら、やっぱりタクシーで局まで乗りつければよかったって思ったけど後の祭り。
面倒でも駅まで戻って時間を潰そうと思った時、ふいに顔を上げたよっすぃーがアタシの方を見た。
「あー!ごっち〜ん、おはよぉ」
よっすぃーはアタシの気持ちなんかにはお構いなしって感じで手を振るとこちらへ向かって走ってくる。
肩に掛けたバッグがずり落ちそうになるのを押さえながらアタシの前までくるとおもむろに首から下げた携帯の画面をチェック。
「なんだ、まだ早いじゃん。あー、ビックリした時間間違えたかと思っちゃったよ」
なんて、わざとらしく肩をすくめて見せる。そりゃ、アタシはいつも時間ギリギリだけどさ。
「珍しいね、ごっちんが歩いてくるなんて」
よっすぃーがこんな所にいるって解ってたら歩いてなんてこなかったよ。
でも、これって逆にチャンスなのかな?
局に行ってしまったら、他のメンバーが来て話なんて出来ないかもしれない。
どうしよう、って思ってた時昨日の圭ちゃんの顔が浮かんでくる。
『今度は後藤が勇気出す番でしょ』
「あのさ、ちょっとよっすぃーと話したいなと思って。まだ早いから大丈夫だよね」
よっすぃーは少しだけ驚いたような表情をしたけど、すぐにいつもの笑顔になって頷いてくれた。
アタシたちは局へは向かわずに少し駅の方へ戻った所に有る公園に行って話すことにした。
公園のベンチに座るとよっすぃーはいきなり
「元気出しなよ」
とよく解らない事を言ってきた。
アタシが首を傾げていると、違うの?…と自分の携帯を操作して液晶画面を見せてくれる。
そこには昨日のレッスン中の事でアタシに注意しておいたからっていう圭ちゃんからのメールが表示されていた。
これも圭ちゃんの思いやり?…ってか絶対に圭ちゃんは面白がってる。後で絶対に仕返ししてやらなくちゃ!
そんなこと考えてたらほんの少しだけ肩の力が抜けた気がした。やっぱり圭ちゃんには感謝しなきゃいけないのかな。
「どうしたの?昨日からなんか変だよ」
えーい、どうにでもなれっ!
「あのね、よっすぃーに聞きたいことあってさ」
ん?…って感じでよっすぃーに見つめられる。いつもの透き通った大きな瞳。
この瞳でアタシは変わった、これからも変わっていくんだ!
「あのさ、よっすぃー前に自分を知るために他人の目っていう鏡が必要なんだって言ってたでしょ。ゴトーさ、よっすぃーのおかげで少しずつだけど自分を知る事ができてると思うんだ」
それでも、恥ずかしくてよっすぃーの顔から視線をそらしたまま話始める。
「それでね、ちょっと気になって…よっすぃーには鏡になってくれる人っているの?」
顔を見れないままだから、よっすぃーの表情は解らないけど、少しだけ間が空いたことでよっすぃーがアタシの質問の答えを考えているんだってことが解る。
「んー、そうだなぁウチにとっての鏡はぁ…家族でしょ、友達にぃ、つんくさん、スタッフさん、それにメンバーとか周りにいる人たち全部がそうかな…」
予想通りっていえば予想通りの返事。そうだよね、よっすぃーみたいな素直な性格だったら鏡になってくれる人なんて大勢いて当然だもん。
アタシは思わず俯いて小さなため息をもらしてしまう。
胸を押さえつけられたような苦しさと共に鼻の奥の方がきな臭い感じがする。
涙が出てきそうになった時、よっすぃーが思い掛けない事を言い出した。
「ごっちんだって、同じでしょ?市井さんが抜けてすぐの頃はなんていうか人を寄せ付けないみたいな雰囲気あったけど、最近はそんなことないじゃん。ちゃんと相手の目をみて話すようになったし…あ、ゴメン生意気なこと言ったね」
そう言われて、思い返してみる。確かに最近は人の目を見るのが恐くなくなった。
確かにそうだけど、それはよっすぃーがいてくれるからなんだよ。
アタシは恥ずかしいのも忘れてよっすぃーの顔を見つめて目で訴える。
「あー、でもねウチにとってさ、ごっちんはやっぱ特別かな…」
アタシの視線にちょっと戸惑った様子のよっすぃーは頭に手をやって髪をくしゃっとかき混ぜながら照れ臭そうに笑う。
「ごっちんがさ不機嫌な時とかウチ何かしちゃったかなって心配になっちゃうんだよね…別にウチがそんなごっちんに影響与えるような立場じゃないのは解ってるんだけど、なんかさぁ…うぬぼれてるとは思うんだけどね」
胸の奥のさっきとは違う所がギュっと締めつけられるような感じ。さっきとは違う意味の涙が溢れそうになった。
「ずうずうしいのは最初からだからさ、勘弁してよね」
よっすぃーはいつだってアタシが欲しい言葉を平気な顔して言ってくれる。それがアタシをどんなに勇気づけてるか解っているんだろうか。
「特別だよ…、ゴトーにとってもよっすぃーはいつだって特別なんだから」
もう涙をこらえるなんて出来なかった。
ポタポタと頬をつたってこぼれ落ちる涙を、よっすぃーは慌ててハンカチを取り出して拭ってくれた。
「よっ…すぃーは、こんな簡単にゴトーを…泣かすことが出来るん…だよ」
ハンカチを握りしめたままよっすぃーはオロオロしている。
「ゴトーを泣か…すのも笑わすのも落ち…込ますのも…元気にするのだって、よっすぃーは…簡単に出来る…んだからね」
鼻をすすりながらだからとぎれとぎれになっちゃったけど、アタシの口からは言葉が止めどなく溢れてくる。
よっすぃーは手にしていたハンカチをアタシの手に握らすとベンチから立ち上がった。
こっちに背中を向けたまま、さっきしたように頭に手をやって髪をクシャクシャにしながら言った。
「じゃ、笑ってよ。ウチ、ごっちんに泣かれたらどうしていいか解んないよ」
本気で困っている様子のよっすぃー。
「じゃあさ、よっすぃー。ゴトーが泣かないで済むようにいつも側にいて笑わしてくれる?」
なんとか涙を止めようと、よっすぃーの様子をうかがいながら下唇を噛んでぐっとお腹に力を入れる。
「当たり前じゃん、ただのメンバーっていうんじゃなくってウチはごっちんの友達のつもりだよ。ごっちんがイヤだって言うまでは…ってか、ウチら友達だよね?」
振り返ったよっすぃーの顔はすごく恥ずかしそうに真っ赤に染まっていた。
最後に『友達だよね?』とアタシにたずねた表情がイタズラを見つけられた子供みたいで思わず笑ってしまう。
アタシの笑顔を見て安心したのかよっすぃーもいつものように笑ってくれた。アタシの大好きなよっすぃーの笑顔。
「友達だよ。特別な友達!」
「じゃ、ウチら親友かな?」
「うん、なんたって特別だもん。ゴトーとよっすぃーは親友!」
ああ、アタシってこんなにハッキリと思ったことを言えちゃうんだ。よっすぃーと話しただけで、また新しい自分を見つけてしまう。
ほんのちょっとだけ勇気を出したら、よっすぃーはアタシの不安なんて吹き飛ばしてそれ以上のものをくれた。よっすぃーはアタシにとってホントに特別な人。
よっすぃーといるだけで、アタシはどんどん強くなれる気がしてくるから不思議。
「目腫れちゃうかな?」
心配そうによっすぃーがアタシの顔をのぞき込んでくる。
そういえばこの後収録があるってことを思い出した。
「んー、こすってないから大丈夫じゃないかな。まだ時間あるし楽屋行って氷で冷やせばいいし」
アタシは立ち上がってよっすぃーの手を取った。
最初『えっ』って表情をしたよっすぃーもすぐに握り返してくれる。
手を繋いで局に向かう途中、今日最初によっすぃーに会った橋の上まで来たとき、もう一度アタシは勇気を出してみた。
「あのね、ゴトー頑張るよ。よっすぃーが最初にゴトーの鏡になってくれるって言ってくれたから今までだって頑張れた。これからも頑張るからさ…よっすぃーちゃんと見ててくれる?」
勇気を出したつもりだったけど、やっぱりこういう事言うときよっすぃーの顔をまともに見ることは出来ない。
「…あたりまえじゃん」
ボソッと呟いたよっすぃーはいきなり繋いでいた手を放したかと思うと駆け出して橋の向こう側まで行って振り返った。
「ごっちん遅〜い!今日もウチが一番乗りぃ」
アタシたちの時間は停まらない、いつでも走り続けて辛いことや悲しいことにもいっぱい出会うんだろうけど、よっすぃーがいてくれればきっと大丈夫。
アタシもよっすぃーを追いかけて走り出す。
その時運河の上を吹き抜けた風がアタシの背中を押してくれたような、そんな気がした。
◇
”約束…強くなるから その目をそらさないで
あなたと出会えなかったら きっと狭い空の下
適当な暮らしの中で 流されていた
あなたと私の未来を 一緒に築いていこう
どんなに傷つくことにも もう恐れないで”
end
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