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【2】
「ごっちんは、ちゃんと解ってるって思ってたよ…だから何も言わなくていいって思ってたのにさ」
よしこはアタシの頭を抱えるようにして自分の胸元に引き寄せた。
「それとも、娘。卒業したらウチはもういらない人になっちゃうの?」
そう言いながらよしこがズズっと鼻をすするような音が聞こえた。思わず顔を見たくて頭を持ち上げようとしたけどしっかり抱え込まれてしまってアタシはよしこの胸に頬を付けたまま動くことができない。
「ごっちんが卒業しちゃって、今までみたいに毎日のようには会えなくなるのは淋しいけどさ…だからってウチらがこれでお別れなんて誰が決めたの? ごっちんはそれでいい?」
「良いわけ…ないじゃ、ん」
あわてて否定する、良いわけがない。でも卒業したらよしこの目の届かないところに行っちゃうんだよ。
「…よかったぁ。もうウチなんかいらない、これでお別れだって言われるかと思っちゃった」
また、ズズっと鼻をすする音がする。
「いつだっけか言ったよね。メンバーとか関係なくウチはごっちんの事友達だと思ってるって…あれからウチらさ随分遠くに来ちゃったよね。なんていうか距離とか時間の枠なんかに納まり切れない関係を作って来たって自信、あるんだけどな」
どうしても、よしこの顔を見たくてアタシは下からよしこの腕をすり抜けるようにして身を起こした。
ちょっとだけ目を赤くして、でも無理矢理なんかじゃない笑顔。
「よしこが見ててくれないと、アタシ頑張れないよ。」
気持ちは変わらないって解ってるけど、この笑顔を見ると我が儘を言いたくなる。
アタシはいつだって、よしこに叱って欲しい。よしこの瞳をのぞき込んで安心したいんだよ。
「見てるよ、いつだって。これからもずっと、ごっちんの事見てるよ…決まってんじゃん」
アタシが涙を拭いながら、それでも不満そうな表情だったからだろう、よしこは少し視線を上に泳がせて考えるような仕草で言葉を続ける。
「この前のさ、生放送の時にウチが受けた質問覚えてる?『セミは何で鳴くのか?』ってヤツ」
また、突拍子もない事を言いだしたよしこ。ずいぶん慣れたつもりだけど、あんまりにも今の話題からかけ離れてて、アタシは泣いていたのも忘れてしまうほど呆気に取られるしかない。
「それが…何?セミがどうして鳴くかって今のウチらに関係ないじゃん、よしこオカシイよ」
よしこは「まあまあ」って感じに小さく息を漏らして笑う。
「いやぁ、あの時ねどんな事にもちゃんと理由があるんだなって思ったんだよね。」
何かを熱心に語る時のクセ。よしこは少し身を乗り出すようにして言葉を続ける。
「ウチの名前なんで『ひとみ』なのか知ってるよね」
お父さんが目の大きな赤ちゃんだったから『ひとみ』って付けたって、ファンの人達だって知ってる事。
「じゃ、ここで問題です。なんでウチの目はこんなに大きいのでしょう?」
ウチらが初めて本気で話した日『私の目は確かだから』ってアタシの鏡になってくれると言いきった時と同じように自分の目を指さしながらアタシにグッと顔を近づけるよしこ。
「なんで…って、…遺伝?」
アタシ素で答えて、どうする気なんだろう。
「ブー!不正解です、ってか問題の出し方間違えたなぁ…『なんの為』にって事なんだけど」
話の意図が解らない。アタシは悲しいのを通り越してよしこに対してちょっと怒りにも似た気持ちが沸き上がり不機嫌な声を出してしまった。
「そんなの理由なんて…」
「あるよ!」
それまで、狭い車内にいる他のメンバー達を気にして小声だったのに、アタシの言葉を遮るよしこの声は思いのほか大きくて斜め前に座っていたやぐっつぁんが驚いた顔で振り返る姿が目に入った。
周りを見回すと前の席にいるなっちも後ろにいた梨華ちゃん、圭ちゃんそれにカオリまで…気付くと車内にいたメンバー全員がアタシたちを見ていた。
よしこだって、みんなに見られているのには気付いて居るはずなのに関係ないって感じで話し続ける。
「ウチの目がデカイのは、ごっちんを見つめ続ける為。遠く離れてもどこにいてもごっちんを見つける為。ウチの目に映る姿をごっちんが確かめやすいように、こんな大きい目をしてるんだ…って思わない?」
『思わない?』って言う時の顔は照れた時のよしこのいつもの顔。
思いたいよ、アタシだってそう思いたい…けど、いいの? アタシの方から離れるのに、そう思っていていいの?
「あのさぁ、一生懸命考えたんだけどな…何か言ってよごっちん」
黙ってるアタシに急に表情を曇らせたよしこは目を伏せる。
「ごっつぁん!かなり強引だけどさ、よっすぃーにしちゃ精いっぱいなんだよ、それ」
すっかり、アタシたちの様子はメンバー達に筒抜けみたいで、やぐっつぁんが口を挟んで来た。
「そうそう、へ理屈だと思うだろうけど吉澤なりに考えたんだろうからね…くだらない理屈でも信じてあげなよ」
圭ちゃんの声に梨華ちゃん、カオリの同意する声が重なる。
顔を上げると、前の席からこちらをのぞき込むようにしているなっちと目が合った。柔らかい笑顔で大きくひとつ頷くなっち。
視線を戻すと、よしこはあさっての方向を向いてまた小さな声になって言う。
「ウチはごっちんが『モーニング娘。』の後藤真希だから好きになったんじゃないよ、ただの後藤真希が好きなの…だから卒業は淋しいけど、今日で終わりなんかじゃない。ごっちんが卒業しても、いつかウチが卒業したとしても…たとえ『娘。』が解散してなくなっちゃったとしても、後藤真希っていうただの女の子を好きな、ただの吉澤ひとみでいたい」
よそ見しながら髪をクシャクシャとかき混ぜるあの日と何も変わらないよしこの仕草。
本当の友達になれるかなって悩んでた頃、あれから本当にウチらは遠くまで来ちゃったね、でももっと遠くまで行けるかな?
…信じてたら行けるかな…。
「アタシが本気で頑張ったらもうかなりあっちこち飛び回るよ。そんな風によそ見ばっかしてたらアタシのこと見失っちゃうんじゃない?」
信じていくためによしこを振り向かせたかった。
アタシの大好きな笑顔で、大きな瞳にアタシを映してほしくて意地悪っぽく言ってみる。
辺りを一度見回すようにしてから、よしこはゆっくりとアタシの方に向き直った。他のメンバーたちは気を効かせてくれたのか、それぞれ自分の席に落ち着いた様子だ。
「だからさ、見失わない為にデッカイ目がついてるんだってば!」
ホントにバカみたいなへ理屈をまだ言い張ってるよしこ。 だけど信じてあげるよ、最初によしこの言うことを信じたから今のアタシがここにいるんだもんね。
毎日会えなくなっても、信じさせてね。時々でいいからその瞳に映るアタシを確認させてね。
自分勝手な願いだけど、よしこが許してくれるならアタシはただ信じてその瞳の力で頑張れるから。その瞳の力でもっと強くなるから。
アタシはさっき引き寄せられた時のように、今度は自分からよしこの胸にもたれ掛かる。
「やっぱ卒業するの淋しいから今日はきっと泣いちゃうけどさ、よしこも今日くらいは泣いていいんだからね。」
胸元から少し身を起こして見上げると、よしこと目が合う。
アタシもよしこを見つめ続けよう、そしたら二人してもっともっと強くなれる気がする。
「アタシにもあるかな?『ヒトミノチカラ』…」
よしこは「?」って顔でアタシの言葉を確かめるように繰り返す。
「何?『ヒトミノチカラ』って…」
一番強い力を持っているのに知らないんだ…アタシだけが知ってるよしこの特別な力。
「教えてあげなぁい」
涙の跡が残ったままだけど、心の底からの笑顔のアタシがよしこの瞳に映っている。
大丈夫、この笑顔で娘。として最後のライブも演り通せる。
「教えろよぉ」って迫ってくるよしこを避けて窓に身を寄せた。ライブ会場の横浜アリーナがもうすぐそこに見える。
「よしこ…今日のライブ楽しもうね!」
今日でアタシの『娘。』時代が終わるけど、それはただの終わりなんかじゃない。
よしこと一緒の、『娘。』メンバーたちと一緒の思い出がまた一つ増えるんだ。
形が変わっても続いて行く、ウチらもっともっと遠くまで行けるよね。
…そのヒトミノチカラがあるかぎり。
end
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