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【2】
「ついて来てくれるの?んー、どっちかっていうとぉ、なっちはよっすぃーと二人きりの方がいいかな」
あたしが悲痛な思いでうつむいていると、安倍さんはニコニコしてあたしの手を握って引き寄せてくれた。
それも、けっこう力強くてあたしの腕に絡みついてた矢口さんがつんのめって引きはがされちゃうくらいの勢いで。
「あの、デート…じゃないんです、か?」
安倍さんの言葉の意味がよくわからなくて、思わず聞き返してしまう。
「デートはしたいけどよっすぃー全然誘ってくれないしさ、なっちがよっすぃーを好きな程にはよっすぃーはなっちを好きじゃないのかなって…ちょっと淋しかったんだ」
そう言う安倍さんの顔はプロの表現者・安倍なつみじゃなくて、あたしの告白に涙を浮かべて答えてくれた、あのときの安倍さんの顔だった。
「なに?なっちとよっすぃーって付き合ってるのぉ?そんなの矢口聞いてないよ!?」
「吉澤!あたしに報告なしってどういうことよ、プッチの絆はどこ行ったのよ!」
「いーなー、カオも恋人ほしーい!」
先輩メンバーが口々に好きかってなコトを言ってきたけど、あたしの耳には安倍さんの言葉がリフレインするばかりで他の人の声なんて街の雑音のようにしか聞こえてなかった。
「だいたいさぁ、よっすぃー」
つま先立ちで背伸びした安倍さんがあたしの耳元でささやく。
「誘われた試合って明日の日曜なんだよ。ミュージカルあるのに行けるわけないっしょ…もちろん、休みでも絶対行かないけどね」
そう言った後あたしの目をのぞきこんで、イタズラっぽく笑う。
小柄な安倍さんがあたしの目を見るには少し見上げるような形になるわけで…少し斜め気味に向かい合っていたから小首を傾げるような仕草になるワケで…。
先輩で年上で、なのにこんなに可愛いなんて反則だ!冷静でなんていられるわけがない。
あたしはたまらなくなって思わず安倍さんを抱きしめてた。
「でもうれしいよぉ、よっすぃーが心配してくれて」
あたしの腕の中で安倍さんは頬を紅く染めて呟いた。
「あー、なぁんだ!わざわざ誘われた話なんか持ち出したのは…そういうことかぁ。なっちらしくないと思ったんだよね」
矢口さんは、いきなりあたしが安倍さんを抱きしめたりしたコトに呆れたのか、両手を頭の後ろで組みながら独り言みたいな口調で、でも独り言にしては大きすぎる声で言いながらニヤニヤしている。
「ちょっと、バカみたいに眺めてるんじゃないわよ。」
保田さんはなぜか顔を赤らめながら飯田さんを引きずるようにして、あたしたちから離れていく。
「いーなー、恋人ほしいなー」
飯田さんは相変わらず遠い目をしたまま引きずられていく。
鏡ごしに見ると、ごっちんが他のメンバーを身振りで追い立てて楽屋口から出ていくトコロだった。
誰もいなくなった楽屋にあたしと安倍さんだけ。
静まり返った楽屋に二人きりになると、またあたしの中に不安な気持ちが込み上げてくる。
でも、言わなくちゃ。せっかく皆が気を効かせてくれたんだ。
今しかチャンスはないって気がした。
「あの、あたしまだまだ未熟で安倍さんみたいにプロになりきれないですけど、いつかきっと舞台の真ん中に安倍さんと並んで立っても恥ずかしくない人間になります。だから、こんな半人前のあたしですけど一緒に…一緒に歩いていってくれますか?」
ありったけの勇気を振り絞って言った。
好きですって告白したときよりもずっとずっと緊張していた。
声は掠れていたし、だんだんと小さくなって自信のなさをさらけ出しているようで…、本当にカッコ悪いなって思ったけど、これが今のあたしなんだ。
「あたりまえっしょ、なっちたち恋人同士っしょ?」
安倍さんはあたしの首に腕をまわし、そう言って笑う。
その笑顔がすっと近づいてきて、やわらかい唇があたしの頬に触れた。
その感触にあたしは宙に浮かんだような気持ちになる。
そう、まるで安倍さんに抱きかかえられて空を飛んでいるような不思議でとても幸せな気持ち。
やっぱり、安倍さんは天使だ。誰にも渡したくない、あたしだけの天使なんだ。
「恋人同士です…よね?」
まだ少しだけ弱気な口調になってしまったけど、あたしはそう言って天使を抱きしめる腕に力を込める。
「恋人同士さぁ」
二人、同じ言葉を繰り返す。
明日も、来週も、来年も、ずっとずっと恋人同士でいたい。
「恋人同士です」
今度はきっぱり言い切って、あたしは初めて安倍さんにキスをする。
天使を傷つけないように優しく軽く触れるだけのキス。
楽屋の外でポツポツと戻って来たらしいメンバー達の声がする。
あたしと安倍さんはもう一度だけ見つめあって「恋人同士」と言った。
その声がぴったりと重なったのが嬉しくて、安倍さんもきっと同じ気持ちで…互いに額をくっつけあって笑った。
「みんなに悪いことしちゃいましたね、楽屋締め出しちゃって」
「いいっしょ。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるって言うし」
メンバーが戻って来て、また普段通りに騒がしい楽屋。
矢口さんや保田さんに捕まって、どうやって告白しただの散々問い詰められて冷やかされた。
飯田さんはなぜかあたしを見つめてボーっとしてる。
矢口さんたちは、一通りの尋問が終わると満足したようで、
「よっすぃーはもういいよ」 とニヤニヤして、あたしだけを追い払おうとする。
安倍さん一人だけにして、いったい何を聞くつもりなんだろう。
ちょっと心配になったけど、離れ際に安倍さんが笑いかけてくれたから、あたしは安心していつもそうしているように、ごっちんの隣に腰掛けた。
「なんか、妬けちゃうなぁ…ゴトーも恋したいよ」
「うん、いいよ恋人がいるって。もう最高の気分だよ」
自分でもびっくりするような言葉がスラスラと出てきた。
ごっちんが、そんなあたしに驚いたような目を向けた時、夜の部の準備開始時間を告げるスタッフの声が聞こえてきた。
楽屋にいたメンバーみんなの顔が緊張する。
あたしもきっと少しだけプロの顔になれてる。
振り返ると安倍さんがあたしに向かって微笑みながら頷いてくれていた。
end
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