+1〜プラスワン〜


【6】

 待ちあわせた店で麻琴を待つ間に三人に声を掛けられた。メイクのアシスタントや制作アルバイトといったテレビ局での知りあい…というか以前にひとみと何かしらあったオンナノコばかりだ。
 いずれの場合もややこしいコトになる前に真希にバレたので軽くお茶した程度、どことなく憎めないひとみの性格のお陰でその後も拗れることもなく挨拶をかわす程度の付き合いは続いている。一人でカフェに居るひとみに「一緒しない?」と声をかけてきたのだ。

 待ち合わせ場所を局近くの店にしたのが失敗だった。
 代官山の行きつけの店ならば気心の知れたマスターが奥まった人目に付きにくい席を用意してくれるのだが、まだ東京に慣れていない麻琴には解りにくい場所だったし、ここからモノレールと電車を乗り継いで25分はかかる、そう思って以前に麻琴も含めたメンバー数人と来たことのある店を選んだ。
 しかし場所柄関係者の出入りが多いため顔見知りに会う確率が高い。
 そろそろひとみが焦れてきた頃、ようやく麻琴が姿を現した。少し息を切らして走って来たらしいことが伺える。
 「あさ美ちゃんたち断るのに手間取っちゃって…」
 片手で胸を押さえ息を整えるために一つ深呼吸、ようやく落ち着いたようにひとみの向かいの席に腰掛ける。
 追加オーダーしたアイスココアが運ばれてくるまでひとみは向かいに座る麻琴を窺うように眺めていた。ウィンドウ越しに外を見ていた麻琴も時折ひとみに目を向ける、視線がぶつかると小さく笑顔を作る。
 『なんだよ、結構カワイイじゃん』これまで麻琴のことは気にも留めていなかったひとみだが自分のコトを好きなのかもしれないと思うと妙にドキドキしてしまう。
 当初の目的がすっかり心の隅っこに追いやられてしまった丁度その時、ひとみの携帯が軽快なメロディーを鳴らしメールの着信を知らせた。
 「後藤さんですか?」
 今朝と同じように麻琴に言い当てられて面食らうひとみ。しかし、その着信音は真希のソロ新曲、付き合っているコトを知っている口ぶりの麻琴ならメールの相手が誰なのかなど、すぐに解るというものだ。
 『ちょっとー舞い上がってるでしょー 小川が変なこと言った理由聞くのが目的だからね! 真希』
 流石である。ひとみの考えるコトなどお見通し、移動中の真希からのメールだ。
 「返信しないんですか?」
 「うん、あとで電話するからさ…、それより今日来てもらったのはさ、その、なんであたしとごっちんが付き合ってると思うのかなって、聞いてみたくてさ」
 真希のメールで少しだけ軌道修正して本題に入る。
 麻琴はしばらく狼狽えた様子のひとみを楽しげに見ていたが、例の口角を少し持ち上げる表情で小さく笑ったあと話始めた。

 「私、ずっと後藤さんのコト見てたんです。すっごく後藤さんにあこがれてて…」
 「ちょ、ちょっと待ってよ。小川はあたしじゃなくてごっちんが好きだったワケ?」
 ひとみの中で膨れ上っていた妙な期待が音を立ててしぼんでいく。道理で見られていた覚えがないワケだ。
 「あの、人の話は最後まで聞くようにって教えられませんでした?」
 後輩に怒られてしまった…。バツが悪くなったひとみは少しなげやりな気持ちになりながらも染みついた調子のよさで笑顔を崩さずに「ゴメン」と言って麻琴の話を真剣に聞くポーズを作る。
 「私、後藤さんみたいになりたいなって思ってるんです。可愛いし、綺麗だし、歌もダンスも上手だし…それでもう娘。に入ってからずっと後藤さんのことばかり見てたんです。」
 真希の良さを語る麻琴の頬は心なしか上気している。
 「それで、吉澤さんのコトは最初はただ愛ちゃんなんかとふざけて『カッコいいよね』って言い合ってたんですけど…ミスムンでセリフの時とか、だんだんドキドキするようになっちゃって、そうしたら普段もすごく気になりだして本当にカッコいいし、優しいしで…」
 それまで自信たっぷりの態度で余裕の表情だった麻琴が少し目線を落とす。
 自分のコトに話が及びひとみも気恥ずかしくなり「ハハ…そう、なんだ」などと乾いた笑いで場を繋ぐ。
 「でも、吉澤さんばかり見ていたらすぐバレちゃうじゃないですか。それに、後藤さんみたいになりたいって気持ちももちろん無くなるワケじゃないですから、お二人のこと半々くらいに見てたんです。そしたら…なんとなく解っちゃって。ああ、二人は好き同士なんだって。きっとどちらか一人ばかり見てたら気づかなかったと思います。」
 「あたしとごっちんが付き合ってるって解ってガッカリした?」
 いきなり認めてしまうひとみ、しかも自分でそれに全く気づいていない。
 氷が解け出し幾分薄まったまずそうなアイスココアを一口、咽を湿らすと麻琴は意を決したように切り出した。
 「がっかりなんてトンデモナイです。私の好きな吉澤さんが私がなりたいと思って憧れてる後藤さんと付き合ってるんですよ?ある意味理想のカップルじゃないですか!後藤さんと付き合ってるって解って、ますます吉澤さんのコト好きになっちゃいました!」
 言われたひとみは大きな目を更に見開き、口も半開き、ついでに瞳孔まで開いているんじゃないかというほど呆然とした表情で固まってしまう。
 そんなひとみの様子にはお構いなしに麻琴は話し続ける。
 「吉澤さん、私のことどう思います?少しはいいなって思ってくれてますか?今朝カッケーって言ってくれましたよね。」
 そんな風に言われても、反応できるハズもない。麻琴の言っているコトはひとみの理解の範疇を越えている。近ごろの若い娘ってみんなこうなの?…自分も近ごろの若い娘だということさえ忘れてしまうほどの衝撃を受けていた。
 「吉澤さん?どうしたんですか?」
 麻琴はようやくひとみの茫然自失とした様子に気づいて見開かれた目の前で手を振り意識を呼び戻そうとする。
 「あ、あたし寝てた?」
 すっかり混乱しているひとみは夢を見ていたような心持ちになって麻琴に訊ねる。そうして、先程の麻琴の発言を思い返して縺れた思考をさらに解け辛い堅い結び目にしてしまう。
 「いや、今朝の小川はカッケかったよマジ。ちょっとカワイイなぁとも思うけどさ…それで小川はどうしたいの?ごっちんと別れて付き合って欲しいとか?」
 もう、ひとみの頭の中はぐちゃぐちゃ、考えても仕方ないとばかり自棄気味の口調で麻琴に訊ねる。
 「そんなの絶対ダメです。後藤さんと別れるなんて私が許しません!私とは、そのぉ…時々こうやってお茶飲んだり遊びに行ったり、なんていうのかなガールフレンドっていうか…そういうのでいいんです。ダメですか?」
 『ダメですか…って、そんな必死な目で見られると弱いんだよなぁ』と混乱しているハズなのに頭の隅でオトコマエが目を覚ます。どこまでもお気楽なひとみ、解らぬコトをいつまでも考えても仕方ないと開き直り始めたようだ。
 「そりゃ、そのくらいならお安いご用だけど…」
 お安いご用なのかよっ! 誰に聞いてもツッコミの入りそうな言葉が自然と口から漏れてしまう。
 「あー、よかった、すっごっく嬉しいです。あ、私愛ちゃん待たせてるんで、今日はこれで失礼します。今度デートしてくださいねぇー。」
 ひとみがすっかり気を取り直した時には麻琴はすでにウィンドウの向こう、満面の笑みで手を振るとクルリと背を向け走っていくトコロだった。
 「ウチとごっちん、それに小川?」
 カップル+1、こんな状況を真希にどう説明すればいいのか…。まあ、それは後で考えるとしよう、なんだか楽しそうじゃん。
 どこまでもお気楽なひとみはすっかりぬるくなったアイスティーを啜りながら、これからのコトを考える、軽い眩暈が襲ってきたがそれは妙な心地よさを伴った眩暈だった。

Probably finally...

【あとがき(言い訳)】


妄想文リスト倉庫入り口トップ