+1〜the polar star〜


【1】

 レギュラー番組の収録日、テレビの撮影というのは大道具の都合やらスタッフ側の準備やらで拘束時間が長いが待ち時間も多くなる。
 今日は英会話の収録もないし特にすることもない、出番待ちの楽屋で大して興味もない雑誌をぱらぱらとめくっていたひとみは、ふいに圭織に声をかけられた。

 「今ちょっといい…?」

 圭織の声のトーンは限りなく低く、辺りをうかがう様子からなにか秘密めいた内容だということが解る。

 「なんすか?なんか込み入った話しですか?」

 他人に聞かれたくない話し…少なくとも空が青いことから始まる説教ではないことは確かだ。

 「ここじゃ、ちょっと…場所変えよ」

 チラリとひとみの隣で机に突っ伏して眠り込んでいる真希を見ながら圭織は更に声のボリュームを落として言う。その分、唇をひとみの耳元に寄せて囁くような形に…妙なくすぐったさにひとみは首をすくめた。
 圭織が真希を気にするということは、つまりそっち方面の話しってことか…とひとみは理解する。
 モーニング娘。のリーダーである圭織には、真希と付き合っている事実を伝えてあるから、何かそのことで不都合でもあって注意されるのだろうか。でも、それなら真希も一緒じゃないのだろうか?
 一体、何の話しなんんだろう。ひとみは内心でここ最近の二人の行動を振り返ってみる。

 こないだの歌番組の収録、スタジオ入りするとき真希がひとみに腕を絡めてきた所をしっかり撮られていた事?でも、あれはごっちんの方からじゃん、アタシが怒られるのって筋違いだと思うけど…それともあれかな、ハロモニでセクシー8の旗に「ごっちんLOVE」って書いたこと?一応、矢口さんのことも書いて誤魔化したつもりだったんだけどなぁ…

 ひとみはあれこれと振り返っては問題になりそうな場面を思い浮かべるが、どれも圭織から注意を受けるほどのこととも思えない。
 そうこうしている間にも圭織に腕をとられ楽屋から連れ出されるひとみ。
 メンバーの中で唯一ひとみよりも上背のある圭織は意外と力強く、ずるずると荷物でも引きずるように廊下を進んでいく。

 結局、次の撮影のためセットチェンジ作業中のスタジオ前ロビーまで、ひとみを引きずってきた圭織は壁際のソファーに腰かけ、一つ息をついた。

 「あー、疲れた。カオ力ないから…てか、吉澤重すぎ」

 座る圭織の前に立ったまま、ひとみはちょっと不機嫌に言葉を返す。

 「別に引きずってこなくても、ちゃんと付いて来ますよ」

 『重すぎ』と言われて少し傷つくひとみ、本人が一番気にしているのは言うまでもない。もちろん天然な圭織に他意などあるハズもないのはひとみにもよく解っているから、そこはサラリと流して本題に入る。

 「で、なんでしょうか?アタシなにかマズイことでもしちゃいました?」

 圭織から本題に入るのを待っていては出番待ちの時間などあっという間に終わってしまう。これまでの経験からひとみは先に切り出す。

 「あー、んー、あのさ吉澤さぁ、アヤカってどう思う?」

 本題を…とは思ったがいきなり何の説明もなくアヤカの名が出てきて、ひとみは面食らう。一応、状況説明くらいはしてほしい、何もなしに『どう思う』と言われても…。

 「あのぉ、アヤカさんがどうかしたんすか?」

 圭織に理路整然とした説明を求めても無駄だと知りつつも、ひとみは一応質問だけはしてみようと努力してみる。

 「あのさ、アヤカと付き合ってみない?」

 「は?」

 圭織の言葉の意味が飲み込めずに首をひねるばかりのひとみ。

 「あの?それはどういう…?」

 「どうって、そのまんまの意味だけど?」

 ちょい待ち!飯田さんアタシとごっちんが付き合ってるの知ってるんだよね。それで、突然どうしてこういうことになるわけ?
 ひとみの頭の中でグルグルと色々なことが回りだす。圭の助言で圭織に真実を伝えた日のこと…あれって夢じゃないよね、と。

 「なんかさぁ、最近の吉澤って元気ないっていうかぁ、カオもさリーダーとして心配なワケよ。で、どうしたら吉澤ゲンキになるかなって思ってさ。」

 元気をださせるにはオンナノコを紹介すればいいと思われている…ひとみはちょっと納得できないという表情を見せるが、そんなことに構いもしないのが圭織のキャラクターだ。

 「…ああいうタイプ好きでしょ?」

 「はっきり言って好みです!」

 思わず素で返してしまうひとみ、頭の中で真希とはまた違った魅力のあるアヤカのシルエットがユラユラと揺れ始めている。

 「てゆーか、アヤカさんに失礼じゃないですか?それって」

 それでも僅かに残った理性がひとみを現実に戻そうとする。しかし言った時には、すでに『ちょっといいかも』と思い始めている、ひとみのオトコマエモードのスイッチがオンになった様子だ。

 「だってぇ、アヤカに頼まれたんだよ。吉澤は恋人いるからって言ったんだけど、それでもいいからってさ」

 「だ、だめですよぉ!アタシにはごっちんいるしぃ…からかわれてるんですよ、きっと」

 アタフタと慌てながら、圭織の隣に腰掛ける。両手を頬にあてて膝の上に肘をついて俯くひとみ。

 「顔、ニヤけてるよ…」

 横から圭織にのぞき込まれ崩れた相好を指摘される。

 「でもぉ、掛け持ちなんてアタシには…」

 「訳ないでしょ、吉澤なら!」

 「はあ、まあそうなんすけど…」

 圭織はポケットから小さな紙片を取りだしひとみの手に握らせる。開いてみると090で始まる数字が並んでいる。

 「ごっつぁんとはそのまま仲良くやってればいいし。まあ、気が向いたら電話してやって」

 そう言い残して圭織は立ち上がり楽屋へと戻っていった。

 手にしたメモをじっと見つめているひとみ。
 そのひとみに音を立てぬようそっと近づいてくる一人の人物。
 手元に影がさし、ようやくひとみは自分の前に誰かが立っていることに気づいた。あわてて、顔をあげる。

 「あ!」

 声を出すより早く、手にしていたメモを奪い取られる。
 メモの中身を一瞥した麻琴がクスクスと笑いながらひとみを見おろしている。

 「アヤカさんの番号ですか?ふぅ〜ん」

 「ちょっと、返せって、こら小川ぁ」

 ひとみが手を伸ばすが、一瞬に身を翻した麻琴は笑いながらメモを頭上高く掲げ駆けて行く。
 このまま楽屋に駆け込まれたらマズイことになる…いや、自分はまだ何も悪いことはしていないのだが、とにかく真希にバレるのは困る。
 ひとみも勢いよく立ち上がり麻琴の後を追って走り始めた。

 廊下の角を曲がったところで、人にぶつかりそうになり急ブレーキをかけるひとみ。軽く「失礼!」と会釈して走り去ろうとした時、襟首をつかまれた。
 
 「なんや、廊下バタバタ走ったらアブナイやん。」

 これが、娘。のメンバーだったら適当にお茶を濁して置き去りにする所だが、相手が悪い。ひとみを捕まえたのは元リーダーの中澤裕子。
 卒業したとはいえ、メンバーの誰も未だに裕子には頭が上がらない。
 ひとみがあやふやにゴニョゴニョと呟く言い訳などで誤魔化されるはずもない。
 結局、裕子に廊下の端に追いつめられ懇々と説教されてしまったひとみ。5分ほどロスしただろうか…。

 半ば諦め顔のまま、ひとみは楽屋のドアを押し開ける。しかし、いきなり入っていく勇気がなく、そっと顔だけを差し入れて中の様子をうかがってみる。
 案の定、麻琴が真希の隣に座って先程のメモを前に何か話している姿が目に入った。

【2】


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