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散々迷って彼女の番号を呼びだした
発信ボタンを押すまでにまた迷う
まだ間に合う?
もう間に合わない?
迷惑?
それとも…?
意を決してかけたのに
彼女の声を聞くことはできなかった
いつもならすぐに諦めてメールを送るけれど
今夜はそれじゃダメ
直接話さなきゃ…声を聞けば素直になれるかも
専用の着信メロディ
ディスプレイを見なくても
私からだってわかってるはずなのに出ない
これが彼女の答え
それでも、もう少し…もう少しと切るのを先延ばしにするけれど
私の前に滑り込んできた赤いスポーツカーに時間切れを知らされる
「お疲れさん…待った?」
突然呼び出したのに、いつでも私の話を黙って聞いてくれる人
あなたに私は何度救われてきただろう
「すみません忙しいのに」
助手席に乗り込んで軽く頭を下げるとあなたは車の流れに乗ろうと
後ろを気にする仕草で私の方を見ずに肩で笑って見せる。
「それ嫌み?あんたの方がよっぽど忙しいクセに」
夕方降った雨に洗われた空には東京の夜には珍しく星も見える。
「ご飯でも食べる?もう済ませた?」
何から話せばいいのか
そもそも彼女とのことをあなたに話して何になるのか
逡巡する思考が私の口を重くする
黙ったままの私にあなたはフッと軽く笑って
それ以上何も言わずにただ車を走らせる
流れては消えていく灯の一つ一つが
彼女との思い出を連れ去っていくみたい
すぐそこで細かく震えるサイドミラーを見つめていると
吸い込まれてしまいそうで急に不安になる
いつでもつかまえていてくれた彼女の手を
私は放してしまったから
彼女が触れてくれたから私の身体はこの時空に存在した
名前を呼んでくれたから私の意識はこの世界にあった
誰も触れてくれず名を呼んでもらえなければ居ないのと同じこと
「大丈夫?」
落着いた声と肩に触れた躊躇いがちな指が
私をこの世界につなぎ止める
路肩に車を寄せてあなたが私の顔をのぞき込む
「保田さん…」
あなたが私に向ける眼差しが恋でない事はわかってた
私はあなたの歳下の友人で後輩で世話の妬ける妹
わかっていたけれど私には今あなたの声が
抱きしめてくれる腕と見つめてくれる瞳が必要なの
そっと顔を近づけてとまどう表情のあなたに口づけた
「……何を」
問いただそうとする言葉を切って私の顔を見つめるあなた
私…泣いてる?
混乱してるでしょうね
突然あなたを呼び出して
不安な気持ちを抱えきれずにあなたに押し付けて
自分勝手に涙を流してる
こんな私を怒ってくれていいのに
あなたは無理して優しい笑顔を作って私の涙を指で拭ってくれる
その手を両手で包み込んで胸元に引き寄せた
「ずっと放さないで…いいですか?」
沈黙が支配する狭い車内
重苦しい空気を裂くような視線が揺れて
汗の滲む手からあなたの迷いが伝わってくる
ふいに対向車のライトに強く照らされて
顔色も表情も全て飛ばされるあなたの顔
「後悔…する事になるんじゃないの?」
「してもいいです…保田さんとなら」
口を開いたあなたの瞳の色が変わっているのは
けっして見間違いじゃない
私よりずっと大人のあなたまでが
迷い押し流されてしまうのはこの都会に不似合いな程
やけに綺麗な星空の魔力?
片手をハンドルに掛けたまま身を寄せる
あなたの頬がそっと私の頬に触れる
肩の向こうに一瞬見えた彼女の影に
目を閉じてサヨナラ
どんな時も私を叱り励ましてくれた
大切な友人を失うのと引き換えに手に入れるのは
瞬く星が見せる甘い恋の夢?
それとも堕ちていく悪夢の始まり?
再び走り出す車
あなたと私の行く先に何があるとしても
それは全て星空が見せる夢
どんな夢でもいい
悲しくてもつらくてもそれは全て夢に過ぎないから
end
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