恋をとめないで <1>-Hitomi-


【1】

 夏休みが始まったばかりだというのに、ウチの心はちっとも浮かれてこない。
 休みに入る前は人並みに友達とあちこち遊びに行く計画なんか立てていた。
 でも、その計画は親父のいつもの一方的な一言であっけなく潰された。

 「今からでも遅いくらいだ!」

 そう言われ押し付けられた封筒にはパンフレットが入っていた。
 誰もが知ってる東京の有名予備校のヤツだ。
 高2のウチは来年受験生ってコトになる。
 でも、解ってる。親父はウチが大学に行こうが行くまいが本当はどうでもいいと思っているんだ。予備校はようするに遊んでばかりいるウチを拘束するための口実に過ぎないってこと。

 超有名な予備校に通わせていただくのは結構なことだが、いかんせん自宅からは遠すぎる。
 ウチの住んでいるトコロは関東地方に辛うじてひっかかっているとは言え、どう考えても毎日通うのは効率が悪すぎる距離。
 もしかして、ウィークリーマンション辺りで夜遊びし放題? と淡い期待に胸躍らせる…。
 なぁんて、あのクソ親父がそんなに甘い訳ないんだよな。

 で、結局夏季講習に通う間、ウチの身柄は東京で大学生をやっている従姉の圭ちゃん預かりって事に決まった…ウチの意見なんて聞かれもしなかったのは言うまでもない。
 そんな訳で、今日ウチはご丁寧に家まで迎えに来た圭ちゃんと一緒に東京へと向かう電車に乗っている。
 まったく、荷馬車に乗せられて売られに行く子牛の気分だよ。歌っちゃうぞ、ドナドナ。

 圭ちゃんには、小さい頃はよく遊んでもらったけど、ここ数年は顔を会わせてもいなかった。
 正月に集まる親戚連中のウワサによれば、弁護士志望で猛勉強中とか聞いている。
 久しぶりで会う圭ちゃんは、キリっと銀縁眼鏡なんてかけて、いかにもインテリの才女って感じ。
 ウチの最も苦手なタイプの女になっていた。
 まあ、圭ちゃんと『遊ぼう』とか、これっぽちも思っていないから、ウチの好みから思いっきり外れてても別段何の問題もないけどね。

 電車に揺られながら圭ちゃんは、色々とウチに話しかけてくる。
 その口調は意外にもウチの予想していたお堅い女史って感じじゃなく、昔遊んでくれた優しい「圭おねーちゃん」のままだった。

 「なんかぁ、感じ変わったね。カッコイイ男の子みたいだよ、ヒトミちゃん」

 圭ちゃんのウチに対する印象も、ウチが圭ちゃんに対して感じた事と大して違いがないようだ。ただし、ウチは中身も本当に昔とは変わったけどね。

 「三年も会ってなきゃ変わるに決まってるって…。それよか『ヒトミちゃん』て呼ぶのやめろよ。」

 とにかく、最初にこれだけは言っておきたかった。

 「なんで?ヒトミってカワイイ名前じゃん。あたしなんてケイって男の子みたいな名前でつまんない…」

 ウチにしてみりゃ、圭ちゃんの名前の方が羨ましいのにそんなことを言ってくる。

 「男みたいな名前の方がいいよ…、ていうかむしろウチは男に生まれたかった。」

 車窓に流れる風景を眺めながら、ぶっきらぼうに言ってみる。
 圭ちゃんは、少し驚いたようだ。
 窓ガラスに映る不機嫌に歪んだ自分の顔が、最後に見たあいつの顔にダブる。
 ウチが黙ってふてくされているのを見て、圭ちゃんが哀れむように呟いた。

 「おじさん、相変わらずなんだ…?ヒロキくん亡くなって三年も経つのに…」

 「兄貴の話はやめろ!」

 思わず、声を荒げたウチに一瞬圭ちゃんは脅えた様子を見せた。
 でも、すぐに小さく「ゴメン」と言って優しい表情に戻る。

 ウチの一番痛いところをえぐる話題。
 圭ちゃんがウチん家の事情をそこまで知っているなんて思ってなかったから、つい取り乱してしまった。
 そう言えば前に圭ちゃんに会ったのはあいつの葬式の時だったっけ…。
 どうせ、ウワサ好きの親戚のおばちゃん連中の話でも小耳に挟んだんだろう。

 「もう、いいってウチの話は…それよか圭ちゃんてどんなトコに住んでんのさ。マンション?まさか、アパートってことないよね?」

 圭ちゃんの父親は外資系企業の顧問をしてて、けっこう裕福だったはずだ。
 もしかしたら娘に高級マンションの一つくらいポンと買ってくれているかもしれない。

 「うーん、あたしも落ち着いて勉強できるからマンションが良かったんだけど…一人暮らしはアブナイって言われちゃって…」

 え?圭ちゃん一人暮らしじゃないの?
 確か両親は海外だし、自宅は大学から遠いから家からは通ってないって聞いたぞ。

 「女子寮っていうのかな…。大学のじゃなくて、女子学生だったら誰でも入れるトコロ。だから寮生も中学生から大学院生までいるよ。賄い付きだし、セキュリティーも完璧だからって、そこに入れられちゃった…普通にマンションの方が安上がりなのにね。」

 なんか聞いたことある、前にテレビでそういう所があるって見た気がする。

 「でも、そんなトコロにウチを泊めたりしていいの?」

 いくら寮生の従妹でも、部外者を泊めたり出来ないんじゃないの?

 「あ、それはね大丈夫。最近不景気なせいだか…うちの寮って家賃高いから空き部屋がいっぱいあってね、夏季講習期間だけとかのショートステイも受け付けてるから」

 一瞬、クソ親父の冷笑する顔が浮かんだ。
 寮ってことは当然門限だの厳しいに違いない。ウチが家を離れたら好き放題に遊びまくるとでも思って圭ちゃんの寮に放り込む事を思いついたんだろう。
 でも、ウチは浮かんできたクソ親父の顔に「ザマーミロ」と悪態を着いていた。
 なかなかの名案…かもね普通は、でもアンタは詰めが甘いよ、と。

 女子寮ってことは、当然女の子ばかりが住んでいるって事。
 夏休みとは言え、寮に残っている娘だって少なからずいるハズだ。
 押さえきれない期待に自然と口元がニヤケてしまう。

 そう、クソ親父は知らないけどウチの『遊び』相手はいつだってかわいい女の子。
 場合によっちゃ、クソ親父のおかげでひどく楽しい夏休みを過ごせるかもしれない。
 口元だけでなく、ニヤケが顔全体に広がってくると、横に座っていた圭ちゃんが怪訝な顔でのぞき込んで来たので、いきなり現実に引き戻される。
 心の中で大っきらいな親父に生まれて始めて感謝ってヤツをしつつも
 「まさか、圭ちゃんみたいな娘ばっかじゃないよね…?」
と変な考えが一瞬だけ頭をよぎってしまう…うわっ。画が浮かんじゃったよぉ。
 いかんいかん楽しい事を考えよう。きっとかわいい娘だっているさ何人かは…2,3人…いや一人くらいはさ。
 いるといいな、かわいい娘。

 ウチが妄想に遊んでいるうちに電車は新宿駅に滑り込む。
 一度電車を乗換て程なく寮の最寄り駅に降り立った。
 三分も歩かないうちに目的の女子寮が現れた。

 「うわ、カッケー…てか、マンションじゃん?」

1-【2】


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