恋をとめないで <1>-Hitomi-


【2】

 圭ちゃんに連れられてたどり着いた「女子寮」は、規模は小さいけれど、どっからどう見ても高級マンションにしか見えない。
 驚いてボウッと立ち尽くすウチを圭ちゃんは笑いながら入り口へと促す。

 「食堂とか娯楽室とかが有るのとベランダが繋がってるくらいで、部屋の作りはまんまワンルームマンションだよ。」

 ガラス張りの自動ドアを抜けた先には寮とは思えない豪華なエントランスホール。
 ちょっと、床!大理石だよ!
 ウチはいつものクセでエントランス全体を見回す。壁に14型テレビくらいの大きさのモニターがはまっているが何も映し出されてはいない。
 入ってきたドアの反対側には高級な建物の雰囲気にそぐわない頑丈そうなドアがはまっている。
 天井に目をやると半球型の黒いプラスティックが入ってきたドアの方と奥のドアの方それぞれに1つずつ張り付いていた。
 監視カメラ…位置から見てこのエントランスに死角は無い。なるほど、セキュリティに気を使っているって感じだ。
 不審な人物が入ってくればバッチリ姿が映るってワケか…。

 ウチはエントランスの奥へと進み、監獄の入り口?ってくらい頑丈そうなドアに近づくが普通の自動ドアじゃないようでウンともスンともいいやしない。
 まあ、そんな簡単に開いたらセキュリティもクソもないわけだから当然だけどね。
 圭ちゃんは奥のドアには近づかず壁のテレビモニタの前に行きおもむろに話し始めた。

 「509号の保田です、ただいま帰りました。今日から入寮の吉澤ひとみも一緒です」

 ヴゥンと通電する音がしてモニターに一人の女性の顔が映し出される。

 「おー、圭坊おかえり。親戚の家に行くゆーたから、もっとゆっくりや思てたわ。新人さんも一緒やて? 顔よう見せて。」

 金髪に派手目の化粧、高級感漂うこの寮に少しばかり不似合いな関西弁のこの女性が、どうやらこの中扉の番人ということらしい。
 年齢は圭ちゃんよりもかなり上だろうけど、かわいい感じの人だ。
 なかなかの美人だったのでなんとなく笑顔を作ってしまう。美人に会った時のウチのクセみたいなもん。
 圭ちゃんの指示でモニターの前に進む、画面の上の壁に小さな穴が開いていてレンズがはまっているのが見える、これがカメラなんだろう。

 「あー、吉澤です」

 別に何も言う必要はないのかもしれないが、一応名乗ってみた。
 モニターの中の女性は、ちょっとだけ「あぁ?」というような声をもらし、しきりの首をひねっている。
 次には顔を画面にぐっと近づけて来た。おそらく向こうのカメラもモニター上に設置されているのだろう、こちらの画面には女性の顔上半分だけがドアップになった。
 いったい、何だっつーの?ウチってそんなに怪しい人物に見えるってコト?わざわざ美人用のスペシャル笑顔を作ったってのに…ちょっと自信あるのにな、この笑顔。
 しかたなく、真面目モードで軽く微笑んでみた。口元がやや歪んでいる気がする…これじゃ逆効果じゃん。
 すると、女性がいきなりモニタ画面から外れて姿を消してしまった。

 「何だろうね…」

 横でモニタをうかがっている圭ちゃんが不安そうな声で言った。
 圭ちゃんに連れれられて来ただけのウチとしては、そんな不安そうな顔されても困るんすけど…。
 モニタの女性はすぐに戻ってきた、何かファイルみたいなものを手にしている。
 元の様に座り直した彼女はファイルを開いて中を確かめるように見る、時々顔をあげてこちらを向くがまたファイルに目を落とす。そんなコトを何度か繰り返したあと、深いため息をもらした。

 「あんなぁ、ココ女子寮やねん。いっくらカワイイ顔しとっても男子禁制なんよ」

 ふと、自分の姿を確認。いつも私服はボーイッシュなパンツスタイル、スカートなんて高校の制服くらいしか持っていない。
 ショートカットに化粧っ気のない顔は、あいつにそっくりで…男に間違われるのはいつものことで慣れていた。

 「あの、見た目は男っぽいですけど、ちゃんと女の子ですよ。従姉のアタシが保証します!それに、そのファイル入寮書類ですよね?写真貼ってありますよね?」

 横から圭ちゃんが割り込んでくる。

 「そやけど、写真はどうみてもカワイらし『女の子』やで?」

 モニタに開かれたファイルが大写しになった。
 そこに貼られた写真は…ずいぶんと前のもの、中学一年くらいかな。ウチがまだここまでひねくれる前の写真…素直そうな笑顔が妙に眩しい。
 一日に二度も痛いところをえぐられるとは思ってもいなかったな…。
 あのクソ親父は、自分のいないところでもこうやってウチにダメージを与えるために、こんな古い写真を持ち出したのかって疑いたくなってくる。

 「も、いいっす。ウチ帰ります」

 脱力感に襲われていちいち否定する気も起きなかった。隣では圭ちゃんがオロオロしている…大丈夫、圭ちゃんのせいじゃないんだから。
 ウチが本気で出ていこうとした時、モニタの女性が耐えきれないという感じで吹き出し笑い始めた。

 「アッハッハハハ…ゴメンごめん。冗談やて、冗談。ちょっと古い写真やけど同一人物ってことくらいわかるわ。今、開けるから帰らんといてや」

 言い終わっても、まだ笑っている。
 …そか、笑い上戸だから目じりにシワがあるんですね。と、言いたかったがウチはグッと堪えてその言葉を飲み込んだ。
 この人を敵に回したら後で苦労することになる、本能的にそう判断した。

 ピっと軽い電子音とともに中扉がスーっと開く。重そうな扉だったのに、開くときは意外とあっけないもんなんだね、もっとこう『ガッコーン』とか言うのを想像してたんだけどな、現実なんて案外普通でつまんないもんだ。
 気を取り直して、圭ちゃんの後に続き中に入る。
 入ってすぐのところにはロッカーのような物が並んでいた。郵便物や宅配の荷物は全てさっきの門番さんの所を通って、ここで各寮生ごとに振り分けられるのだという。まったくもって徹底的に外界から隔離された空間、この寮内にいるかぎり異性との接触は完全にシャットアウトというワケらしい。

 ロッカーの脇にあるドアから先程のモニターの女性が出てくる。
 ちょっと真面目くさった表情で、部屋の鍵と寮則と表紙に書かれた冊子を差し出す。
 ウチが「どうも…」と受け取ると、また思い出したように吹き出す。いくらなんでも笑いすぎだろ?

 「あー、ごめんな。新入りさん来ると何かしらからかいたくなるんがうちの悪いクセなんよ、悪気はないから勘弁してや」

 勘弁しますから、もう笑うのは辞めてください…。
 
 「あー、うちは中澤裕子。ここの現場責任者や、困ったコトがあったら何でもゆーてな。細かいことは圭坊に色々聞くといいわ、従妹なんやて?圭坊はここの寮長みたいなもんやから…」

 中澤さんは「じゃ、夕食ん時にまた」と言って何だか忙しそうにドアの中に引き返していった。責任者という割には新入りをほっぽらかして、世話を同じ寮生に押し付けてるってどういうコト?
 圭ちゃんの顔を見て肩をすくめて見せた。

 「裕ちゃんね…あ、寮生はみんな彼女のこと『ゆうちゃん』って呼んでるんだ。裕ちゃんて部外者にはすっごい厳しいんだけど、寮生には優しいし気さくでみんなのお姉ちゃんって感じなんだよ。」

 お姉ちゃんていうより、姐さんて感じじゃない?

 「前は裕ちゃんのお母さんが責任者だったんだけど、去年お母さんが亡くなって裕ちゃんが後を引き継いでから、門限もちゃんと理由を話せば大目に見てくれるようになってみんな喜んでるんだよ」

 …頑丈なドアに万全のセキュリティーシステム、そして…かなりいい加減な管理人。
 ウチが寮生の親だったら文句言いたくなるんだろうけど、これから当分ここで暮らす身としてはアバウトな管理人ていうのは助かる。

 受け取った鍵には「511」とナンバーの入ったキーホルダーが付いている。
 荷物を部屋に置いたら寮内を案内してくれるという圭ちゃんにに続いて、エレベータに乗り5階に上がる。部屋は圭ちゃんの一つ置いた隣だった。
 一旦、別れて自分の部屋に入った。部屋の中は聞いていたとおり、普通のワンルームマンションと変わらない。というより、普通よりかなり贅沢な広さ、設備、とても寮とは思えない。
 家具も一通り揃っている、これで出入りさえ自由ならウチはずっとココに住みたいなぁなんてちょっと思ってしまう。

 部屋を出るとすでに圭ちゃんが待っていた。再びエレベータに乗って今度は二階で降りる。
 防犯上の理由で一階には「ゆうちゃん」の住む管理人室以外に寮生が利用する施設はないのだという。
 食堂を始めとした共有スペースは二階に集中しているのだそうだ。
 最初に食堂の場所を教えてもらう。食堂というよりはおしゃれなカフェのような雰囲気だ、こんなにおしゃれならベーグルもあるかもしれない。

 「で、あっちが娯楽室。3つあって、簡単なジムとミニシアターと音楽室になってるの…」

 食堂を出て、娯楽室があるという方へ廊下を進んでいく。
 静かな廊下にどこからかピアノの音が聞こえてくる…バッハのインヴェンション。
 前に音大生の娘と付き合った時のにわか仕込みの知識がまだ頭の隅に残っていたようで、そのメロディになんとなく聞き覚えがあった。
 豪華だけど近代的な雰囲気のこの寮にはバロック音楽なんてそぐわないけれど、妙に落ち着く音だ。

 廊下の左側にはガラス張りのスポーツジム、スペースは小さいが機材は充実していてそこいらのクラブ顔負けという感じ。
 右側のミニシアターだという部屋を覗いてみると 小さなスクリーンに座り心地のよさそうな椅子が並んでいる…オイオイ映画館まで完備かい。
 突き当たりにある部屋のドアは完全に閉まっていないようで、さっきから聞こえているバッハはそこから漏れている様子だ。

 「音楽室」の前まで来て、立ち止まり圭ちゃんをうかがう。

 「入ってもいいのかな?」

 「もちろん、共有スペースだからね。誰か使ってるからって入っちゃいけないって規則はないもん。たまに、録音するとかって時もあるけど、そん時は札掛かってるし。」

 ウチは扉をそっと押し開ける。入り口は防音のため二重扉になっていた。
 内扉にはめ込まれたガラス窓から部屋の中が見渡せる。部屋の奥側の角にグランドピアノがあり、誰かがその前に座って演奏している。
 高く上げられた屋根に隠れて顔は見えないけど隙間からサラサラな茶色いロングヘアだけが見え隠れする。
 バッハにあわせて軽く揺れる髪になぜだか心臓がドキっと音を立てた。
 ウチがドキドキしてどうすんのさ、相手をドキドキさせてナンボだろ!

 とにかく第一寮生発見!ご尊顔を拝見するとしますか…カワイイ娘だといいなぁ。
 内扉をそっと開けると、ウチの邪な心とはうらはらな清々しいメロディーがあふれ出してくる。
 ウチと圭ちゃんが入って来たことに演奏者は気づかないのか、はたまた気づいても気にしないのか…最後までバッハを弾ききるつもりのようだ。

 とりあえず、彼女のご機嫌を損ねないように曲が終わるまで静かに待つことにする。今弾いてるのって何番だろう?ちょっと長めだから6番?まさか延々15番まで弾くつもりかな?
 曲が終わるまで待つつもりだったけど、もし全部弾く気だったらと思うとちょっとウンザリしたのでこの6番(?)が終わったら話しかけようと心に決めて少しずつピアノに近づいていった。
 ピアノに手が届くくらいの距離でウチが立ち止まったとき、それまで落ち着いた音色だったバッハが少し飛び跳ねたような気がした。
 …?恋の予感?

1−【1】←・→2−【1】


妄想文リスト倉庫入り口トップ