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【2】
ワケが解らなくて入り口に立ったままみんなを見回した。
部屋の一番奥、ベッドの枕側の端によっすぃーが座っててヤグチがほとんど寄りかかるようにその隣に張り付いていた。
高橋、紺野、小川の3人はその横のラブソファーにひしめき合って座ってる。
なっちが近づいていくと、ヤグチのとなりの空いたスペースを指して
「安倍さんのために空けておきましたから」
って…優しい笑顔で言うよっすぃー。
その笑顔だけで、迷ったけど来てよかったなんて思っちゃう。
…違うっしょ!なっち別によっすぃーに会いたくて来たワケじゃないもん、来ないと後でヤグチがうるさいからただそれだけ、それだけのはずなんだけど…。
「今さぁ、先週の石川騒動の話してたところ」
ヤグチは、さっきの爆笑が止まらないみたいで笑いながら教えてくれる。
幼馴染みの男の子と付き合っている梨華ちゃんは先週大泣きしながら帰って来て寮生みんなの注目を集めた、そのコトを言っているんだろう。
友達の延長って感じで付きあってた彼に突然キスを迫られて思わず彼をひっぱたいちゃったら逆切れされたらしく、デートから帰るなり仲良しのごっつぁんに泣きついて大騒ぎ。
なにしろ場所が食堂だったから人が集まって来ちゃって、その時偶然その場にいたヤグチ、小川となっちはごっつぁんと一緒になって梨華ちゃんをなだめるのに、そりゃもう苦労したんだ。
確かに大泣きしてごっつぁんにしがみついてた梨華ちゃんの姿は少し滑稽だったけど、なっちはヤグチみたいに笑い話にはできないな。
だって、きっと同じような状況に遭遇したら、なっちもあわててパニックになっちゃうかもしれないし。
大体、彼氏居ない歴21年の身としては梨華ちゃんを笑ってる場合じゃないよね。
笑い続けてるヤグチの隣に腰かけながら、ちょっと沈んだ気持ちになってしまう。
なっちがちょっと暗い表情になってしまったせいで、その場がほんの少し白けたような雰囲気になっちゃった。
狭いソファに重なり合うように座ってふざけあってた3人がヤグチとなっちの顔を代わる代わる窺うようにして、どうしたもんかって目配せしあっている。
そんな、気まずい空気を一掃したのはやっぱりよっすぃーの明るくて柔らかい声だった。
「でも、かわいいじゃないですかぁ。ビックリしてアタフタしちゃうなんて…純情なんだなぁ」
なんだか、梨華ちゃんの事なのに自分のことを言われたような気がして少し嬉しくなる。
「なんだよー!それって笑い飛ばしてるオイラはかわいくないってコトかぁ?」
ヤグチがよっすぃーをグイと自分の方へ引き寄せる。
「そんなこと言ってませんって…矢口さんの笑顔もとってもカワイイですよ!ね、安倍さん?」
食ってかかられたよっすぃーが身体を少し反らし気味にしてヤグチの背中越しになっちに同意を求めるように話しかけてくる。
その時…きっと誰も気付かなかったと思うけどよっすぃーは何かの合図みたいにウィンクをした。
同時に少し後ろの方で体重を支えるように突いていたなっちの左手によっすぃーの右手が触れる。
ヤグチの後ろ、誰からも見えない所でよっすぃーの指がなっちの手をしばらくなぞるように動いた後、そっと包み込むように手を握られる。
よっすぃーの顔はみんなの方を向いたまま、小川の変なモノマネに声を上げて笑ったり、顔を寄せているヤグチと耳元でヒソヒソと内緒話をしたり…でも重ねられた掌はそのままで、少しずつなっちの手がよっすぃーの方へ引き寄せられて…ヤグチの後ろで繋がれた手に何かが行ったり来たりしてるような気がしてきちゃう。
そうして、みんなで騒いでいる間中、なっちはどうしていいか解らずなるべく身動きしないで知らんふりしてようって努力したけどいつ誰かに気付かれるかもって思うと気が気じゃなくて…。
誰かに話しかけられる度に繋いだ手に緊張が走って、冷房の効いた部屋なのにうっすらと汗までかいている。
何度か手を引っ込めようと思ったけど出来なかった。
結局最後まで二人の手は重なったまま…いつしかなっちとよっすぃーの手の温度も同じくらいになるほど長い間繋がれたままだった。
8時半を過ぎて「みんなそろそろお風呂にも入らなきゃだし」って言いだしたのはヤグチだった。
いっつもなっちが、もう眠いからって言っても「せっかく盛り上がってるんだから」ってなかなか話を切り上げてくれないのに今日のヤグチはなんかどっかソワソワしている。
「えー!?まだ早いですよ」
って、あのおっとりした紺野までが驚くほどあっさりしたものだった。
みんなが立ち上がる段になってようやく、よっすぃーが手を放してくれる。
なんだか名残惜しいような、でも気恥ずかしいような不思議な気分。
こっそり、よっすぃーの顔を伺ったけど何事もなかったみたいにみんなとおやすみの挨拶を交わしてる。
部屋を出るときもよっすぃーは何も言ってくれない、ただ「おやすみなさい」って普通に挨拶されただけ。
なんだったのかな…あの手の意味を考えながらよっすぃーの部屋を出た。
なっちは同じフロアに部屋があるけど、他のみんなは階が違うのでエレベータの前で別れて自分の部屋に入る。
ドアを入る時にちょうどみんなが到着したエレベータに乗り込むのが横目で見えた。
部屋に戻ったものの、最後までずっと重ねられていたよっすぃーの手がどうにも気になって仕方ない。
このままじゃ気になってなっち眠れないよ…勇気を奮い立たせてもう一度よっすぃーの部屋に確かめに行こうって一大決心。
もう、誰もいないと思うけど念のためにそっとドアを細く開けて廊下を伺うと意外なことによっすぃーが歩いてくるのが見えた。
エレベータの前で立ち止まって階数表示を見上げているみたい。
静かな廊下にエレベータの到着を告げるベル音が響く。
早く行かなくちゃ、よっすぃーエレベータに乗っちゃう…って思った時、これまた意外にもヤグチが到着したエレベータから降りてきた。
なっちは出ていくタイミングを失ってそのまま二人をのぞき見るような形になってしまう。
ヤグチがよっすぃーに抱きついて、よっすぃーもヤグチの背中に腕をまわして…誰もいない廊下で二人は抱きあって何か話していた。
「石川の…」
「心配しないでも後でちゃんと…」
やがて、寄り添ったままエレベータに乗り込んで行く二人。
エレベータが行ってしまうと、廊下にまた静寂が戻る。
そっとドアを閉めて、なっちはその場にへたり込んでしまった。
…なんだ、そっかぁ…ヤグチとよっすぃーって…そういえば二人して顔を寄せ合って内緒話なんかしてたっけ。
なっちは、よっすぃーの手のことばかり気になって緊張していたけど、からかわれただけなんだね…もしかしたらヤグチと二人でなっちのこと笑っているのかもしれない。
でもでも、時折目が合った時のよっすぃーの笑顔はすごく優しっくて、何か言いたそうな瞳がなっちの心に焼き付いてて、ただからかわれただけなんて思えない、思いたくない。
ゆっくりなっちの手の輪郭をなぞるような指の動きはちょっとくすぐったいけど心地よくて、恥ずかしいけど自分から手を離すことが出来なかった。
よっすぃーと繋いでいた左手をそっと右手でなぞってみる、もう一度あの手に触れたいって思った。
とてもヤグチと張り合って勝てるとは思えないけど、よっすぃーに好きになってもらえなくても…いい。
また、二人の姿を見るたびに凹んじゃうのかもしれないけど、しょうがないよもう手遅れみたいだもん、好きになっちゃったんだもん。
好きな人がなっちの友達とうまくいって仲いい姿を見るのは辛い…でも、慣れてるもん。
「好きになるのは、なっちの自由だもん…ただ心の中でよっすぃーを想うだけなら誰の迷惑にもならないっしょ?」
たった一人の部屋で誰も返事なんかしてくれないのに、声に出して言ってみる。
ちょうどその時、携帯が鳴ってなっちすっごいビックリしちゃった…。
なっちの独り言に相づちを打つようなタイミングで鳴りだしたメロディ…今ごろは南の島で優雅なバカンスを楽しんでるハズの同級生からの着信だった。
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