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【1】
あ〜、もう疲れちゃった、なんで成田ってあんなに遠いんだろう。
せっかく夏休みは南の島でマッタリ過ごすつもりだったのに、思いっ切り予定狂っちゃうし。
聞いてなかったよ、お姉ちゃんの彼が一緒だなんてさ…目の前でイチャイチャされててマッタリなんかしてらんないじゃん!
大体、あいつ大っ嫌い!オヤジクサイしさ、お姉ちゃん見てないトコでカオリに色目使ってくるんだよ、デザイナーだか何だか知らないけど妙にカマっぽいし…。
売れっ子のショーモデルのお姉ちゃんは美人でスタイルもよくてカオリの憧れだけど、男の趣味が悪いのだけが珠に瑕ってヤツ?
空港に着いてから言うんだもん、先に言ってくれてればこんな馬鹿げたマネしなくて済んだのに。
急遽カオリだけ旅行は取りやめ、二人を見送ってなんか気が抜けちゃったっていうか何もかんも面倒になって成田のホテルに一泊しちゃった。
どうせ支払いはお姉ちゃんのカードだからジュニアスイート…一人でスイートってかなり寂しいけどね。
朝イチで…ってもチェックアウトぎりぎりだったから朝っていうには遅いけどタクシー飛ばしてようやっと寮まで戻ってきたけど。
「ゆうちゃぁ〜ん、早く開けてぇ〜」
インターホン用カメラに向かって力なく呼びかける。 …っていうかぁ、スーツケースなんでこんなに重いのぉ。
こんなことなら無理矢理でもなんでも、どっか別んトコのチケット取って一人でバカンスに行けばよかったな…。
昨夜の電話でなっちが新入りのコがかっこいいなんて言うからつい帰って来ちゃったけど、なっちの言う『かっこいい』なんてどの程度なんだかアテになんないし…。
「もー!ゆうちゃぁん、早くしてよぉ!」
いつもそんなに待たされないのに…あ、今ちょうどランチの時間?ってことはカオリの声食堂のスピーカーでみんなに筒抜け?
やだ、はずかしぃ…っていっても寮に残ってるのカオリと親しいコばっかだし、まあいっか。
「ゆうちゃ〜…」
3回目の呼びかけをしようとした時、やっとゆうちゃんがモニターに顔を出した。
「ああ、もううるさくてかなぁんわ、ゆっくり食事もでけへんやんか…だいたいアンタ今ごろ海外と違うの?帰ってくるなんて聞いてへんで?」
ぶつくさと文句を言いながらもようやく中扉のロックを解除してくれる。
「ゆうちゃん、手伝ってよ。カオリこんな重いスーツケース一人で部屋まで運べなぁい」
ホント、こんな大変な思いして成田に一泊旅行なんてバカみたい。
「ああ、そう思って力ありそうなの見繕っといたわ、今来るやろ、ちょー待ちや」
ゆうちゃんが返事するのと同時くらいに中扉が開いて手伝ってくれるらしいコがやって来た気配がする。
「これ運べばいいんですね」
背後から聞こえる声、その声に聞き覚えがあった。
振り返るとスーツケースに手をかけてるコがカオリを見て一瞬表情を強張らせる。
「あ……」
カオリもそのコを見てびっくり、言葉が出てこなかった。
大きなスーツケースを挟んで、大きな女の子が二人見つめあってる…というより睨みあってるっていう方が正しいかな。
少なくとも向こうはカオリに良い印象を持っているワケないんだし。
「カオリ…さん」
先に気を取り直したのはよっすぃーの方、昔と同じように名前で呼んでくれる。
でも、動揺してるのはカオリだけじゃないみたいで、よっすぃーのカオリを呼ぶ声は少し擦れ気味にエントランスに響く。
「なんだ新入りってよっすぃーの事だったんだ…」
よかった、思ったより普通に言葉が出た。
二年ぶりに会うよっすぃーは少しアゴのラインがやわらかくなってて、相変らず男の子みたいな服装だけど、どこか色っぽさも漂ってる気がする。あくまでも二年前と比べての話だけど。
カオリの知ってるよっすぃーは、ヒョロヒョロと長い手足ばかり目立つ細身の身体と、正統派美少女って感じの端正な顔がミスマッチな感じのするオンナノコだった。
「部屋、どこですか?」
カオリがぼぉーっとよっすぃーを眺めながら昔の事思いだしてたら不機嫌そうな声で現実に引き戻される。
返事を待たずにスーツケースをゴロゴロと転がして中扉をくぐっていくよっすぃーにエレベータの前で追いついて隣に並ぶ。
「三階」
エレベータを待つ間、よっすぃーは階数表示板を見上げて一度も視線を合わせようとしなかった。
逆にカオリはよっすぃーの横顔をじっと見つめてた。
この二年でカオリ結構背が伸びたんだけど、よっすぃーの顔を見下ろす角度は全然変わっていない…よっすぃーも同くらい背が伸びたんだね。
エレベータに乗り込んでからもよっすぃーはカオリを見ようともしない。こっちも何か意地みたいに横顔を見つめ続ける。
「何…見てるんすか」
カオリの視線に焦れた様子のよっすぃーが棘のある声でボソっと呟いた。
「ん…、あいかわらずキレイな顔してるなぁって。色、前より白くなった?海行ってないんだ?最近」
言いながら、軽く目を閉じる。瞼の裏に初めてよっすぃーに会った海の情景が浮かんで消える。
感慨に耽る間もなく、エレベータは三階に到着して…ドアが開く直前、なんとなく本当に何も考えずにカオリはよっすぃーの肩に手を置いて唇をよっすぃーのそれに近づけた。
大きな目を更に見開いたよっすぃーは驚きが隠せないみたい。
そりゃそうだ、なんでそんな事したのか…カオリ自身も驚いてるんだもん。
直前で躱されたカオリの唇は目当てのよっすぃーの唇じゃなく頬を掠めただけだったけど、ふわりと香ったコロンに脳が反応したみたいに一度に色んな感情が沸き上がって来て、カオリの涙腺を刺激した。
「なんで、カオリさんが泣くんすか?…振られたのはウチの方なのに…」
そんなのカオリにもわかんないよ。
でもね、カオリがよっすぃーを振ったのは…ううん、今さら何言っても無駄だって知ってるから言わないけどね。
手で目じりを拭ってさっさとエレベータを降りる。 よっすぃーは黙って付いてくる…背後からスーツケースを転がすゴロゴロという音だけが響いてる。
ふと見ると廊下のエレベータの中からは見えない位置に紺野が壁に向かってブツブツと呟きながら立っていた。
見られちゃったかなと思うと同時に紺野は赤くした顔を俯けたまま普段小さい声を更に潜めて一言
「何も…見てませんから」
と言った。見たな完全に見てたわ、このコ…。
ペラペラしゃべって回るタイプじゃないけど、何もなかったような顔出来るタイプでもないから…きっとヤグチあたりに突っ込まれて白状させられるね、きっと。
明日、いや今夜あたりにはみんなに知れ渡ってるかも。
カオリは別にかまわないけど、よっすぃーはどうなんだろう。
振り返ってみたカオリの横をすっとすり抜けていくよっすぃー。
紺野の肩を両手で押えるようにして少し腰を屈めて下から顔をのぞき込むようにする。
「ごめんね、びっくりしたよね…ちょっと飯田さんとふざけてただけなんだ。」
…なんか、よっすぃーってばどうしたの?
こういうとき、平然としてられるタイプだったっけ?
「このくらいみんな冗談でするでしょ?」
…!ちょっと、いきなり紺野のほっぺにチュって…完全にキャラ変わってる。
カオリの知ってるよっすぃーはどっちかって言えば、今の紺野みたいだった。
カオリがキスしたらじっと固まって恥ずかしそうに俯いてるようなコだったのに…。
「ね、どうってコトないでしょ?…大丈夫?」
本当に平然としてるよっすぃー。だけど紺野はどう見てもどうってことあるみたい、これ以上ないってくらい真っ赤な顔。
「は、はいぃ〜、か完璧です!」
どこから出てるのか不思議なくらい裏返った声を廊下に響かせて走り去る紺野…なんだ、大きい声も出るんじゃない…普段誰も使わない階段室に消えていく。
紺野が居なくなると途端に不機嫌な表情に戻ったよっすぃーにカオリはただただ唖然とするばっかりで…。
よっすぃーの目の奥に冷たい光が揺らめいているのに、その時は気付くことができなかった。
5−【2】←・→6−【2】
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