恋をとめないで <4>-Mari-


【1】

 「ちょっとー!梨華ちゃんになにしてんのよぉ!」
 半開きのドアから、ごっつぁんの怒鳴り声が漏れて来る。
 普段からあんまり感情を表に出さないごっつぁんの大声って、なんかすごく珍しい。
 「あ、あの、あの、ごっちん、違うの…えっと、そうじゃなくて…」
 石川のアタフタした様子はいつものことだから、ちっとも珍しくないけどね。
 よっすぃーはどんな顔してるのかな…。
 偶然通りかかった振りして、中覗いてみようかな…。

 ヤグチがノブに手をかけた丁度その時、バチンと鈍い音がした。
 あわててドアの中に滑り込む。
 左の頬に手をあてて唖然とした表情のよっすぃー。
 恐らく鈍い音をたてた張本人だと思われるごっつぁんは背中しか見えないけど、酷く怒っているらしいのが握りしめた手が小刻みに震えていることから解る。
 そして殴ったワケでも、殴られたワケでもないハズの石川が一人、ベソをかいていた…なんだか、変な構図だ。

 「アンタは遊びで楽しいかもしれないけど、梨華ちゃん巻き込まないでよ!人の心もてあそんで、そんなに面白い?みんなに変な誤解させちゃって…どういうつもりよ」
 確かによっすぃーはみんなにイイ顔してる。でも、ごっつぁんがそんなに怒るような事かな…仲良しの梨華ちゃんを心配してるんだろうけどさぁ。
 いくら手の早そうなよっすぃーでも部屋に入ってこの短時間で既に梨華ちゃんを…ってコトはなさそうだし。
 とりあえずこの場をなんとかしなくちゃ、ここは年長者ヤグチの出番じゃん?

 「おーい、ごっつぁん廊下にまで聞こえてるよぉ。何そんな揉めてんだよ」
 「やぐっつぁんは黙っててよ!」
 っ!こっわぁ〜。ごっつぁんマジに怒ってる…まあ、手を上げちゃうっていう時点で既にキレちゃってるワケだけど。
 「あの、矢口さんちょっとした誤解なんですぅ…別に私たちなにも、ね?よっすぃー……ごっちんも落ち着いて、ね?ね?」
 半ベソ状態の石川がごっつぁんの肩に手をかけて、二人の顔を交互に見て「ね?」と繰り返してる。
 とりあえずお前も落ち着けよ石川…。

 「ふっ…はっは…なぁんか白けちゃったなぁ…」
 当事者3人の中では比較的落ち着いていた様子のよっすぃーは手形のクッキリと残った頬をさすりながら小さく息を吐くように笑いを漏らすと肩を竦めて独り言のように呟いた。
 その呟きは、ごっつぁんの怒りの炎に油をそそいだみたいだ。
 「なによ、それ!こっちが真面目なのに、その投げやりな態度…梨華ちゃん、これで解ったでしょこんないい加減なヤツに気を許しちゃダメだよ!」
 よっすぃーは『いい加減』と言われても特に動じる様子もない、ヤグチの方に目線を投げてよこすと大げさに両手を広げてもう一度肩を竦めて見せる…コントの外人みたいな仕草。ヤグチも小さく肩を竦めてそれに答えた。

 ごっつぁんは派手な顔立ちのせいか遊んでる風に見られがちだけど、恋愛に関しては意外と晩生というか真面目に考えてるんだよね…そういう意味ではカマトトぶってる石川の方がよっぽど臨機応変というか、ま応変っていってもアタフタして状況についていけてない事がほとんどだけど。

 「なぁ、石川ぁ…あんたよっすぃーになんか変なことされたわけ?」
 もしかして、キスくらいはもうしちゃったか?よっすぃー?
 頭が取れてぶっ飛んじゃうんじゃないかってくらいの勢いで石川が首を横に振る。
 「じゃ、問題なし…ごっつぁんもさぁ、石川を心配するのはいいけど子供じゃないんだからさ。だいたい人の恋愛に首突っ込むのもらしくないじゃん」
 とりあえず、この場を収めちゃわないことにはどうにもならないと思って言ってみたけど、ごっつぁんはヤグチの言葉の後半はキレイにスルーしてくれた。
 「変な事されてからじゃ遅いよ!現に今……されそうだったじゃない、誰にでも好きだって言いまくるような人でいいわけ、梨華ちゃんは?」
 庇うように石川とよっすぃーの間に入るごっつぁん。
 「言ってないよ」
 睨みつけられても何処吹く風って様子のよっすぃーは短くはっきりと言う。
 「ウチ好きだなんて一言も言ってないよ、梨華ちゃんにも誰にも…ね?」
 「え?あ、ああうん…言われて…ないね」
 よっすぃーから同意を求められた石川は一瞬戸惑った様子で、それでもよっすぃーの無実を証言した。

 ごっつぁんはまだ何か言いたげによっすぃーを睨みつけていたけど当のよっすぃーはすっかり元の笑顔を取り戻している。
 「ね?別にウチは誰にでも好き好き言ってるワケじゃないでしょ?」
 瞬間、ついさっきヤグチが音だけしか聞けなかった場面を再現するかのようにごっつぁんの右手が素早く動く。
 でもその手は今度はよっすぃーの白い頬には届かない。
 ごっつぁんの腕をつかんでニカっと笑うよっすぃー、顔を真っ赤にして固まってしまったごっつぁん。
 ヤグチも石川も固唾を飲んで見守っている。
 …と、ズイとごっつぁんとの顔の距離を詰めたよっすぃーは事も無げに言い放った。
 「怒った顔もかわいいねー」
 よっすぃーが手を放すとごっつぁんの手は力なく動いて、ペチンとカワイイ音をたてた。

 「じゃ、ウチもう行くし…また明日、おやすみ梨華ちゃん」
 オヤスミの挨拶にも一々顔を近づけて目を見つめてる…。
 たったそれだけで石川の半ベソ顔に赤味が注す。さっきの『好きなんて言ってない』に凹んだ様子だったのにすっかり再浮上…床から10センチくらい浮きあがってるんじゃないかってくらいだ。
 「矢口さん行きましょう」
 ヤグチの方に向き直ったよっすぃーは極上の笑顔で近づいて来た。
 固まったままのごっつぁんと舞い上がったままの石川を放置して、よっすぃーと一緒に廊下に出る。

 ドアが完全に閉じてしまうと、よっすぃーがヤグチの肩に手を回して来た。
 強過ぎず弱すぎず、その自然な動きだけで手慣れているのが解る。
 「矢口さんの部屋、このフロアでしたっけ?」
 どうしょうもないタラシだけど、約束を守るっていう常識くらいはあるみたいだ。
 ヤグチもよっすぃーの腰に手を回して、ほんの5メートル先のドアの前に立った。
 石川の部屋で見た茶番も中々に面白かったけどね…、本当のお楽しみはこれからってワケ。

 「ここ?」
 質問には答えずによっすぃーの腰から手を放して鍵を開ける。
 「でも、ネームプレートには『市井真里』って…」
 「名前になんかたいした意味ないよ」
 まだ、怪訝な顔のよっすぃーに目一杯背伸びをして、ヤグチの方からキスをした。
 「あとで教えてあげるよ」
 唇を離してドアを開けたヤグチの頭上によっすぃーの不敵な声が降って来る。
 「何のあとで?」
 部屋に入ってちゃんと鍵をかけて…その質問にも答えない。
 ヤグチはニヤニヤしてるよっすぃーの首に腕を回して、もう一度目一杯背伸びをした。

3−【2】←・→4−【2】


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