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【2】
「どうしたのよ、後藤らしくないわね」
レッスン終了後、珍しく圭ちゃんから食事に誘われた。
よっすぃーは、家族と約束があるとかで先に帰ってしまっている。
圭ちゃんに連れられてやって来たのは、裏通りの細い路地を入っていった奥にある焼き鳥屋さん。
なんでこんな渋い店知ってるんだろうと思いながら、圭ちゃんのあとについて小さな座敷に上がる。
「ウチの母親の知り合いの店だから融通効くのよ。」
そう言ってウーロン茶を2つ注文する。
よく来ているらしく、
「あと、いつも通り適当にお願いします。」
と言いながら、小さな床の間の前に陣取った。
「で…?」
ひととおり料理が運ばれて来て、お店の人が「どうぞ、ごゆっくり」と去っていくと、それまで黙ってウーロン茶に口をつけていた圭ちゃんが切り出してきた。
「最近いい顔で笑うようになったと思ってたら今日は一転して呆けちゃって、前のトンがってた後藤もどうかと思うけど仕事に必死だった分、今よりマシだったんじゃない?」
『トンがってた』ってところで圭ちゃんは少し苦笑いみたいな表情になる。
アタシが黙ったまま目の前の揚げ出し豆腐を箸でつっついていると、残っていたウーロン茶を一気に飲み干しグラスをテーブルに置くと同時に
「吉澤?」
と言った。
いきなりよっすぃーの名前を出されて動揺したアタシの箸がズボっと豆腐に突き刺さる。
「ん…」
座敷に上がって初めてアタシは小さく声を漏らす。
「わかる?なんか今日ね、急に不安になった。」
崩れた豆腐の小さなかけらを口に運んで、やっとアタシは自分の中に沸き上がった不安を口にした。
こんなふうに圭ちゃんに自分の心情を伝えられるようになったのも、よっすぃーのおかげかなって思ったら、胸が締めつけられて鼻の奥の方がツンと熱くなってくる。
「わかるよ。紗耶香が突然やめちゃってプッチどうなるんだろうって、あたしも不安だったもん。吉澤が入って気持ち切り替えてさ、また1から出発じゃない。つい力入っちゃうっていうかさ…あんま厳しくしすぎると『もうヤメル』とか言い出すんじゃないかとも思うんだけどね。」
圭ちゃんの心配事はアタシの不安とは別物だったけど、この際だからちょっと相談して見ようかなって気になった。
「あのさ、圭ちゃんこの間新しいプッチはよっすぃーが居なきゃダメなユニットだって言ってたじゃん。それってゴトーたちがよっすぃーに寄り掛かってるってコトになるのかな?」
あいかわらず箸で崩れた豆腐をつつきながら言ってみる。
「なにそれ?そんな事考えてレッスン中にボーッとしてたの?」
圭ちゃんはお座敷の障子のトコロまで這うように移動しながら、ちょっと呆れた風な声で言う。
そのまま少し障子を開けてウーロン茶のお替わりを注文。
「あのさ、物事って何でもそうだけどさ、一方向からだけの見方ってありえないと思うんだよね」
障子をそっと閉めるとなぜか自分の座っていた場所には戻らず、アタシの隣にやって来てニッコリと笑う。
そして『ちょっと貸して』ってアタシの手から割箸を受け取ると、手を伸ばして向かい側の器に置かれていた圭ちゃん自身の箸の一本を引き寄せた。
合計三本になった箸をアタシの目の前で振って見せる。
「いい?こうやって組み合わせてぇ…」
手にした三本の箸を互いに立て掛け、微妙にバランスをとりながら櫓をつくってみせる。
「これって三本だから立ってるワケじゃない。で、一本取ったらどうなる?」
アタシは箸の一本を引き抜いてみる。
残った二本は当然テーブルの上にパタンと転がった。
「今アンタが取った、それ吉澤ね。じゃもう一回、今度はこっちの一本抜いてみな」
もう一度、三本の箸を組み合わせる圭ちゃん。
「倒れるよ、決まってんじゃん」
アタシは分かり切った結果を見るのもバカらしくて圭ちゃんの顔を眺めてるだけ。
「そ、どの一本が抜けても倒れる。つまり、そういう事」
圭ちゃんの言いたいことは、よくわかった。
よっすぃーだけじゃない、アタシや圭ちゃん誰か一人いなくても新しいプッチは成り立たない。
圭ちゃんの説明はアタシが望んでた答えとは微妙に違うけど、なんだかとても嬉しかった。
圭ちゃんは本当にアタシとよっすぃーとの新生プッチを真剣に成功させようとしてるんだ。
少なくとも仕事上ではよっすぃーにとって自分が必要な人間なんだって思っただけでも、昼間の言い様のない不安が少しだけ軽くなった気がした。
ふと見ると圭ちゃんは櫓になった箸の上に爪楊枝なんかのせて遊んでいる。
「あー!」
積み上げていた爪楊枝がバランスを崩して割箸の櫓ごとバラバラとテーブルの上に散らばる。
圭ちゃんは箸をアタシに返しながら、ちょっとイヤらしくニヤリと笑顔を作っていた。
「それでぇ…本題!プッチのことは置いといて、後藤はどうしてだか吉澤が気になって仕方ない…っと。」
一本だけ残った櫓の箸でナスの煮浸しの入った器を「チン」とたたきながら、妙な節をつけて圭ちゃんは歌うように呟いた。
「え?あー、それは…」
正直いって、すごく驚いた。
圭ちゃんって仕事以外のコトには無関心だと思ってたから。
もしかしたら、圭ちゃんには何でもお見通しなのかもしれない、その鋭い目は飾りじゃないんだね。
「なんかね、ゴトーにとって初めてホントのトモダチっていうかさ、よっすぃーの側にいると素の自分が出せる気がするんだよね」
アタシはまた箸で豆腐をつついたりしながら言った。
照れ臭くて圭ちゃんの顔は見られない。
「この前ね、買い物行ったらお店で偶然よっすぃーに会ってさ、せっかくだからお茶しようって…色々話したのね。したら、なんかすごくゴトーと趣味が似てるし気が合うっていうかさぁ。それからすごくよっすぃーのこと身近に感じるようになった。」
圭ちゃんは何も言わずにアタシの話しに聞き入ってる。
「でもさ、よっすぃーには同期の梨華ちゃんや辻・加護がいて、悩みなんかも相談しあってるみたいで、アタシなんか必要ないんじゃないかって思うコトあって」
ふうん…なんて気のない返事の圭ちゃんは運ばれてきたウーロン茶をすすりながらほんのちょっと考えるような表情を見せた。
「後藤にとって吉澤はどんな存在なワケ?」
「うん、よっすぃーはねゴトーを映す鏡になってくるれるって言ってた。」
鏡?とちょっと怪訝な顔の圭ちゃんに、あの日よっすぃーが言ってくれたコトをかいつまんで説明する。
「じゃ、アンタも吉澤を映す鏡になればいんじゃないの?」
簡単に言ってのける圭ちゃんをほんの少し憎らしく思って睨みつける。
「だから、アタシにとってはよっすぃーっていう鏡が必要だけど、よっすぃーには別の鏡があるかもしれないじゃん。だから不安なんだよぉ」
圭ちゃんの前で悔しいけど、つい涙声になってしまう。
「じゃ、聞いてみればいいじゃん。」
またしても、圭ちゃんは軽く言い放つ。
「聞くって、よっすぃーにぃ!?」
そんな勇気があったら、こんなに悩んだりしないってわかりそうなもんじゃん。
「他に誰に聞くのよっ! 吉澤が最初に鏡になるって言った時、どんくらい勇気いったと思う? トンガってた時の後藤ってアタシでも話しかけるの躊躇うくらいだったんだよ。今度はアンタが勇気出す番じゃないの?」
圭ちゃんの言葉にあの日のよっすぃーの瞳を思い出す。
透き通って何もかも映し出すような真剣な瞳。最初はあの瞳が恐かった。
でも、今は澄み切った正直な瞳に安心して自分をさらけ出せる。
「言ったでしょ、物事には一方向だけからの見方はありえないって。本当のトモダチになりたいなら待ってるだけじゃなくて後藤から歩み寄らなくちゃね」
圭ちゃんの言い方はなんだか突き放したような感じだけど、言っていることはもっともなことだから怒ることもできない。
「さてと…」
掛け声とともに立ち上がった圭ちゃんはまた障子を開けるとお店の人を呼んで何か頼んでいる様子だった。
「今、タクシー呼んでもらったから今日はもう帰んなさい。」
ここで見捨てる気?って急に圭ちゃんが無責任に思えてくる。
「アタシが変なこと言ったらよっすぃーに嫌われたりしないかな…」
追いすがるような気持ちで、もう一度だけ圭ちゃんに聞いてみた。
今日何度も見た、呆れたような目をして圭ちゃんは面倒くさそうに帰り支度をしながら返事をする。
「アンタが信用してホントの友達になれそうだと思ってるヤツは、そんな簡単に人を嫌いになったりするいい加減なヤツなんだ…ふーん、そうなんだ吉澤ってそんなヤなヤツだったんだぁ」
そっかあたしも付き合い方考えなくちゃ…なんて呟きながら横目でアタシを見てる。
「ちっ、違うもん。よっすぃーはそんな人じゃないよ、すっごく真面目でいつも周りに気を使ってるし、優しいし、話してて楽しいし。それに、それに…」
ふふん、と鼻を鳴らして圭ちゃんは勝ち誇ったように笑い仁王立ちになる。
「じゃ、聞けるでしょ、そんくらいのコト。優しい吉澤はまじめーに答えてくれるんじゃないの?」
今日、最後ラウンドだったのに結局アタシは圭ちゃんから1ポイントもとれないままの完敗状態でリングを降りるしかないってことを思い知った。
それでも、乱暴にアタシをけしかけてるだけみたいな顔をしてて、実は本気でアタシとよっすぃーを心配してくれてるのが解ったから、帰りのタクシーのシートに身体を預けながら「圭ちゃんアリガト」って呟いた。
明日、がんばってみる!
あの日、咄嗟にだけど「よっすぃー」と呼べた勇気がもう一度アタシに湧いてきますように。
→【3】
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