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【1】
夢を見てた…。
初めてその瞳の奥をのぞいた日。
今でも君の瞳の奥にはアリのままのアタシが映っている?
◇
とうとう今日が来ちゃった。9月23日、アタシは17歳になる。
そして今年の誕生日は、アタシの一生の中でもずっとずっと忘れられない誕生日になるはず。
歌手になろうって、娘。のオーディションを受けた時から、いつかはソロにって考えてはいた…いたけど、こんなに早く卒業することになるなんて思ってもいなかった。
脳裏には辛いとき苦しいとき助けてくれた、楽しいとき嬉しいとき一緒に笑いあったメンバー達の顔が次々に浮かんでくる。
ソロになるのは自分も望んでいたことだけど、みんなと離れるのはやっぱり淋しいよ…。
出口の見えない迷路をぐるぐると歩き回るような焦りと不安は娘。として最後の日になった今日になっても消えることがない…むしろ大きくなっているみたい。
コンサート会場に向かう車中でも、やっぱり考え込んで窓の外なんか眺めていたらいつの間にか眠っちゃったみたいで、夢を…見てた。
「…っちん!?ごっちん?」
優しく肩を揺すられて移動車の中だってことに気付いた。
いつ目が覚めたのか…隣では心配そうな表情のよしこがアタシの顔をのぞき込んでいる。
夢の続き…ならいいのに。
「ごっちん、大丈夫? すごく苦しそうな顔して寝てたから…」
通路を挟んだ向こうの席に座っていたはずのよしこはいつの間にかアタシの隣に移ってきていた。
「なぁにぃー、アタシはいつだって元気だよぉー! 今日も思いっきり行っちゃうからねー!」
苦しそうな顔って言われたのを打ち消すように、精いっぱいの強がりを言ってみる。
でも、よしこの顔を見てたら気が緩んじゃったみたいで、強気な言葉と裏腹にアタシの顔は情けなく歪んで、言い終わる前には視界も歪んで来た。
二筋の跡がついた頬が湿っぽく痒い感じがする。
「泣いてんの? ごっちん!?」
よしこは他のメンバーに気付かれないように小声で言いながら、ちょっと情けないような顔になる…きっと、ウチら今おんなじ表情してるね。
いろんな事が頭の中を巡る毎日でも、意識して考えないようにしてたよしことの別れのイメージが一気に広がって歪んだ笑顔のまま涙が止まらない。
「今日、最後だよね。23日…だよね、日にち間違ってないよね。」
他にもっと言いたいことがあるはずなのにアタシの口からはそんな言葉しか出てこない。
卒業することを告げてから、なるべくよしことはその話題に触れないようにと避けてきた。いつも通りにふざけあって、笑いあって、加護たちとイタズラして…。
でも、ちゃんと話しておけばよかった。こんな卒業当日になって、取り乱すなんて、すっごくカッコ悪い。
昨日、生放送中に不覚にも涙を流してしまったけれどツアー最終公演を歌いきるまではもう泣かないって今朝の決心もどこかへ行ってしまった。
「なぁに不安がってんのさ。卒業したってみんな仲間じゃん、番組だって一緒にやるんだし。他所の番組に出たって、ソロでコンサートしたって、ごっちんの後ろにはウチらメンバーみんないるんだよ。見えなくたって、遠くに離れてたって、ちゃんといるんだよ。」
よしこの顔はもう苦しそうに歪んでいない。最近の定番って感じになった穏やかな表情に戻っていた。
アタシがよしこの涙を見たのは、事務所から口止めされてた卒業をこっそり先に伝えたあの日だけ。戸惑いながらも無理に笑顔を作って「そっか…」って一言、直後に片頬だけにスッと滑り落ちた雫。
「えへへ、ゴメンね。ごっちんの夢が叶うんだもん『オメデトウ』だよね。」
乱暴にTシャツの袖を引っ張ってグイって涙を拭った跡が紅いチークを乗せたように白い頬に帯を作っていた。
きっとよしこの事だからアタシの知らない所で泣いたのかも知れない。それからの毎日は思い詰めたような表情で黙っているよしこの視線が痛かった。
でも、つんくさんから他のメンバーたちに卒業を発表した頃には、よしこの表情は穏やかになって、いつでも静かで優しい笑顔を崩さなくなった。
決して否定的な言葉を口にすることもなく、雑誌やテレビの取材にも前向きなコメントを繰り返す。
そんなよしこの優しい視線はアタシにとっては思い詰めた顔だった時よりも、ずっとずっと痛かったんだよ。
「ゴメンね、いつも側に居てって言ったのはアタシなのに…ずっと見ててって言ったのにアタシの方から離れていくことになっちゃった」
穏やかな表情に戻ったよしこと正反対にアタシはもう無理に表情を作ることもできなくて、本格的に涙が溢れてしまう。
せっかくアタシを笑顔で送りだそうとしてくれてるのに、結局アタシの感情がそんなよしこの努力を押し流そうとする。
アタシがこんなに泣いてしまったら、よしこだってきっと耐えられなくなるんじゃないかなってちょっとだけ思う。「辞めないで」って号泣するよしこをちょっとだけ期待してるアタシがいる。
昨日の生放送でも他のメンバーは涙に声を詰まらせたりしていたけど、よしこは泣いたりしなかった。
人の目なんか気にしないで、泣きながら引き止めて欲しいって自分勝手な気持ちがずっとどこかにあったのかもしれない。
でも、やっぱりよしこはアタシの期待通りの反応はしてくれなかった。
「ばぁか!」
穏やかそうな作り笑顔が、本当のよしこの笑顔になる。
アタシを『特別な友達』だって言ってくれた、あの日の公園に差していたお日さまみたいに明るく眩しい笑顔。
なんで、よしこと離れるのが悲しくて泣いてるのに「ばか」なんて言われなきゃなんないの? どうして平気そうな顔してるの? 見えない所では泣いてくれたんじゃないの? 淋しいのはアタシだけなの?
→【2】
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