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【1】
「すっげ〜、ワールドカップ?それって日本の試合じゃん、しかも横浜!おいらも行きたいなぁ〜」
「チケット取るのって結構大変らしいよ」
ミュージカルの楽屋、今日は土曜日だから昼夜の2回公演。昼の部が終わって皆ほっと一息ついていた。
あたしは安倍さんと話したいなぁ…なんて思っていたんだけど、やっぱりっていうか矢口さんや保田さんなんかと一緒に盛り上がって話している中に入っていくのはいまだに気が引ける。みんな、いい人たちだしあたしのコトを邪険にしたりしないのは解っているんだけどね。
◇ ◇ ◇
2週間前、あたしはついに安倍さんに告白した。
新メンバーとして加入したあたしが初めて安倍さんに会ったのは、ジャケット撮影を兼ねたメンバーとの顔合わせの日だった。
もちろん他のメンバーも一緒だったけど、あたしの目には安倍さんしか映らなかった。
年上の人に対して失礼かもしれないけど、すっごく可愛くて可憐で他の人のことなんて目に入らなかった。
初めてラジオに呼んでもらった時も、安倍さんが「ひとみちゃん」って、あたしの名前を呼んでくれただけでドキドキした。
あの時、安倍さんの印象を聞かれて「惚れちゃいますね」ってつい本音が出ちゃったんだけど、安倍さんに大笑いされて結構キズついたんだよね。
それから安倍さんは、いろいろとトラブルに巻き込まれたりしたコトもあったけど、それでもやっぱりあたしが安倍さんを好きな気持ちは変わらなかった。
同性の先輩を好きになったなんて、こんな気持ち誰にも言えなかったけど、ごっちんと仲良くなってからは相談に乗ってもらって少しは気が楽になったかな。
ごっちんはいつも「告白しちゃいなよ」ってあたしの背中を押してくれたけど、オリジナルメンバーの安倍さんと新人のあたしじゃつり合わない気がして、告白なんて夢のまた夢って思ってた。
でも五期メンバーが加入してあたしも少しだけど成長したかなって…。ミュージカルのレッスンしながら去年よりずいぶんよくなったってスタッフの人も言ってくれて、ちょっとだけ自信を持ったあたしは決心した。
いつまでもウジウジしてるのなんて、どう考えてもあたしのキャラクターじゃない。
2年も黙って想い続けてたんだから十分ウジウジしていたワケだけど…ね。
第一部のメンバーだけが集まったミュージカルのレッスン日、練習の後でさり気なく安倍さんに声をかけた。
幸い、飯田さんはラジオの仕事で先に帰ってしまっていたし残っていたのは加護ちゃんプラス五期メン2人。なんとなくだけど、あたしと安倍さんだけ別になっても変じゃない雰囲気だった。
「初めて会った時から好きでした」
テレビのねるとんよろしく頭を下げて片手を差し出したあたしを、安倍さんはしばらく黙って見ていた。やっぱりダメなのかな…。
「あ…はは、よっすぃーってば、年上をからかうもんでないよ」
最初、安倍さんは全然本気にしてくれなかったけど、あたしは手を引っ込めずに安倍さんの目を見つめた。
瞬きしたら負けな気がして、いったい何に負けるのかも解らないままじっと目を見開いて見つめ続けた。
強張ったまぶたがピクピク痙攣し始めた時、突然安倍さんの目に光るものがにじみ出てきたのに気づいて、あたしはすごく慌てた。
「なっちもね、ずっと好きだったさ、でもよっすぃーは梨華ちゃんやごっちんと一緒の方が楽しいのかなって…なっちとはあんまり話もしてくれないし、すっかり諦めてたんだよ」
差し出したあたしの手を両手でそっと包むように握りしめる安倍さん。
重なった二人の手に落ちる暖かい雫を見て、あたしは夢じゃないよね…と何度も胸の内で繰り返した。
ずっと、憧れていた先輩はあの日からあたしの大事な大事な恋人になった。
あれから二週間。お互いの気持ちは伝えあったけど、あんまりにも忙しい日々で二人で会うことも話すことも出来ないでいる。
楽屋で「お疲れさまでした」と別れてからメールを送ったり眠る前に少しだけ電話で話すのが精いっぱい。
ううん、忙しくても時間は作る物、わかってるんだけどなんていうかいまだにあたしから安倍さんを誘うのはどうにも気が引けてしまう、きっとそれが原因。
せめて仕事の休憩中に話しかけようかなって思っても、安倍さんの近くには大抵飯田さん達先輩メンバーが居て、なんとなく話しかけづらい。
どうでもいいような話をしてる時ならなんとかなりそうなんだけど、時期的に今はみんな今度のミュージカルのことで真剣に話しあっていたりする。
そんな時の安倍さんの顔はプロの表現者の顔、あたしがようやく手にした小さな自信なんて簡単に吹き飛んじゃうくらいに…。
やっぱり、あたしなんかじゃ安倍さんには不釣り合いなんだろうか。
◇ ◇ ◇
「でもさー、あいつって遊んでそうじゃん、なっち気をつけた方がいいんじゃないの?」
さっきから安倍さんを囲んで盛り上がっていた先輩メンバーたちが、矢口さんの発言に「そうだ、そうだ」と同調している様子。
あたしもつい耳がダンボになってしまう。
「ドラマで共演した女優さん片っ端から誘ってんじゃないの?」
え!?安倍さんが誰かに誘われたの?え?ドラマで共演って…。あたしは思わず立ち上がって保田さんと矢口さんの間に割って入っていた。
「あー、びっくりした。吉澤ぁ、おどかすんじゃないわよ」
あたしに押しのけられた保田さんが、ちょっと怒ったような口調で言ったけど気にしない。
「なぁに?よっすぃーもワールドカップ見に行きたいんだぁ。矢口も行きたいけどさぁ…」
「安倍さん行くんですかっ!?」
矢口さんがあたしに腕を絡めて来たけど、そんなのもどうでもいい。
「いい男に誘われちゃったんだよねー。あ〜あ、カオもまたドラマやりたいなぁ」
今は飯田さんの話はどうでもいいんです。
あんなに先輩後輩ってこと気にしていたのに、安倍さんが誰かに誘われたって聞いたら身体が勝手に動いた、知らずに安倍さんに詰め寄っていた。
「いや、あのねよっすぃー…」
安倍さんは何だか困ったような複雑な顔をしてあたしの方を見てる。
そんな安倍さんを見て、あたしは急にまた自信がなくなって来た。
でも、心配で心配でいてもたってもいられない…。
「止める権利ないですよね…。でも、でもサッカーだけですよ。試合が終わったら、すぐ別れるんですよ!くっ、車なんか乗せてもらっちゃ絶対にダメですからね。待ち合わせは絶対に外で…!」
「キャハハ…なんか、よっすぃーなっちのお父さんみたい」
矢口さんに茶化されて、急にその場がミュージカルの楽屋でメンバー全員の目が大声で捲し立てていたあたしに集中していることに気づく。
「ヨシコさぁ、そんなに心配ならついて行けばいいじゃん」
奥のソファーで昼寝していたハズのごっちんが、よいしょと身を起こして面倒くさそうに言う。
そりゃ、出来ることならそうしたいけど、安倍さんの迷惑になるような事だけはしたくない。
男の人に誘われて、ついていくってことは…それはきっと安倍さんはその人のことが好きなんだ。安倍さんは好きでもない人と平気で付き合えるような人じゃないもん。
あの時、あたしを好きと言ってくれたのはきっとあたしに気を使ってのコトだったんだ、ミュージカル前にあたしが落ち込んで公演に支障が出ないようにって配慮してのコトだったんだ…。
→【2】
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