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【2】
困惑顔の梨華に何かフォローしようかと麻琴が迷っているトコロへ残りの先輩メンバー達がぞろぞろと更衣室から戻って来た。
希美と亜依を追い回す事を諦めた圭が部屋の奥から先程と同じように年少組に指示を飛ばしてくる。
「ほら、アンタたち着替えてらっしゃいよ」
まだ、戦々恐々とした面持ちで圭を警戒していた希美と亜依がいきなり何事もなかったように「へ〜い!」などとふぬけた返事をして先頭を切って楽屋口を出ていく。
あさ美と里沙がすぐにその後を追ってドア近くに立っていた梨華と麻琴の側をすり抜けていった。
麻琴はまだ椅子に腰掛けたままの愛を振り返って「行こ」と手招きする。
2人が連れ立ってドアを出たところに丁度最後に更衣室を出たらしいひとみが戻って来た。
「あ、小川…」
ひとみは一瞬、麻琴に何か言いかけてその後ろに愛が続いて居ることに気づき口を噤んでしまう。
愛はひとみと麻琴の顔を上目遣いで伺うと
「まこっちゃん、私さき行ってるね」
と沈んだ声で告げて更衣室へと歩いていく。途中2度ほど振り返ったのを麻琴もひとみも気づかずにいた。
「えっと今朝の…!あ、やっぱ、後でいいよ。小川も着替えてきなよ」
愛が立ち去った後、麻琴はしばらく楽屋のドアの前に立ったままひとみが話し始めるのを待っていた。しかし、やっと開いたひとみの口から出たのは麻琴の期待していた言葉ではなかった。
妙にうろたえた様子で麻琴を通り越してその背後へ視線を向けているひとみ。
麻琴が振り返ると小走りの真希が近づいてくるところだった。
「後藤さん、お疲れさまです!……私はいつでもかまいんせんから」
真希に向けて元気な声で挨拶した後、もうこれしかないというくらい自分の中で最高にオンナノコな笑顔を作りながら、麻琴はひとみの横をすれ違いざま小さく囁いて更衣室へと向かって歩き出した。
麻琴が去ってしまうと、妙に視線を泳がせた挙動不審のひとみに怪訝な顔で真希が何かを伺うように声をかける。
「ねえ、よっすぃー?」
「え、別にイケナイコトなんてしてないよ」
真希はまだ何も言っていない、しかし小首を傾げた上目遣いの真希に見つめられると舞い上がってしまい必ずひとみは自ら地雷を踏みに行ってしまう。
「じゃ、イケナクナイことはしてたんだ?…小川と?」
「してない、してないって…ちょっと話してただけ」
ひとみは真希の伺うような視線は今、麻琴と二人きりで廊下に居た場面を目撃されたことが原因だと思い込んでいたが、実際のところ真希が探るようにな様子を見せた原因は別のところにあった。
『吉澤さんと付き合ってるんですよね?』
先程の麻琴の言葉…。
ひとみと真希がお互いを特別な相手と認めあっている事はメンバー内でも知っている者はごく僅かだ。
プッチモニとして二人と共に活動している圭にはつき合い始めてしばらくして、自分たちから打ち明けた。
「よっすぃーとも相談したんだけど、やっぱり圭ちゃんだけには言っとこうって思ったからさ…ダメかな」
最初、圭は複雑な表情を隠さず黙って真希の言葉を聞いていたが、ほんの少しだけ考えた後、
「別にアタシがどうこう言える問題じゃないし、好き同士が付き合ってダメな事ないでしょ。ま、ビックリはしたけど。」
そう言って、ひとみと真希の顔を交互に見てから、なぜか少し頬を紅らめた。
「世間にはもちろんだけど他のメンバーにもバレないようにしなさいよ。やっぱ刺激強すぎるわよっアンタ達二人がその…恋人同士ってヤツ?。特に加護辻、あと石川あたりには」
圭自身、忙しくて恋愛をする暇も出会いのチャンスもない。他のメンバーとて同じことだったし、希美と亜依は当時まだたったの十三歳、同じグループ内での恋人関係となれば確かに刺激的な話題ではある。
その上、真希もひとみもどういうわけかメンバー内での人気が高く、特にひとみは体育会系のサッパリした性格とその容姿からオトコマエなどと言われ一部のメンバーには淡い恋愛感情の対象として見られている節もある。
梨華に至っては、加入直後からひとみを気にしている様子ではた目にも痛いくらいのアプローチを繰り返している。カメラの前でまで必要以上に接近し「カップルで〜す」などと外堀から埋めてくるような態度を取ってはひとみを戸惑わせることも少なくない。
そんな梨華が、ひとみと真希の恋人関係を知った時の落ち込み様は容易に想像できる、そんな彼女を慰める役目はやはり教育係の圭しかいない。果てしないネガティブモードの梨華を思い浮かべて、圭は気が重くなって深いため息をついた。
想像の中で、落ち込む梨華を慰めるために涙ぐましい努力をしている自分の姿に内心で涙しながら、気を取り直したように圭は付け加えた。
「でも、カオリにだけは知らせておいた方がいいと思う、リーダーなんだから。」
そう圭に言われ、圭織にも圭を交えて報告をした。それがほぼ1年前のこと。
知らせたのは、その二人だけ。楽屋などでも極力甘い雰囲気にならぬよう、気をつけていたし、元々親友同士仲がいいという状況もあってひとみと真希の関係は他のメンバーに知られることなく続いていた…ハズだった。
ましてや、五期メンバーに悟られるとは思えないのに何故?
真希の疑問はその一点に集約されている。
「さっき、小川によっすぃーと付き合ってるかって聞かれたよ」
「な、なんで?」
そんなの、こっちが聞きたいよ!、と思ったが真希は言わなかった。
『小川』と真希が言うたびに、いちいち過剰な反応をするひとみが何か知っていることはあきらかだ。
「圭ちゃんやカオリが教えるワケないしさぁ…」
「ごっちん、着替えてきなよ。もうみんな着替えたし、加護辻と五期メンもみんな更衣室行っちゃったよ」
これ以上突っ込まれては堪らないとでもいうように真希の言葉を遮って、ひとみは話題を無理やりに変えようとする。
そんな不自然な言動が真希の猜疑心を一層深めている事にひとみは気づかない。これまで、何度となく同じような状況になりながら学習という言葉を知らないかのように毎度繰り返されるひとみの悪あがきを又かと思いながらも真希は意外なほど冷静な自分に内心で苦笑する。
背後に回り込み両手をそっと真希の肩に置いて更衣室の方へと軽く押し出すひとみ。
真希はまだ何か言いたげだったが、楽屋口でいつまでも立ち話しているワケにもいかないので押し出された勢いのまま
「うん、じゃ行ってくるね」
と言うとひとみを残して更衣室へと向かう。
最後に
「小川も着替えてるんだよね今。やっぱ本人に直接訊くのが手っ取り早いもんね」
と、付け加えるのを忘れなかった。
結局のところ、ひとみの悪あがきはいつも真希の手のひらの域を出ていないのだ。
楽屋の前には今ごろになって墓穴を掘ったことに気づき一層狼狽の色を濃くしたヘタレなオトコマエが一人取り残された。
→【3】
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