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【4】
更衣室の中には微妙な空気が漂っている。いつもならこれでもかというくらい騒がしいのに何故?。
最後に入室した真希は黙り込んで着替えをしている年少メンバーたち一人ひとりの顔を見回した。
様子がおかしいのは麻琴と愛、というよりも一人だけ妙に上機嫌な麻琴と対照的に暗い表情の愛。他のメンバーはそんな二人を伺っている様子だ。
「何?なんかあったの?」
真希は気心の知れた亜依の隣でさり気なく着替えを始めながら、二人の方を見ないまま小さく囁く。
「いや、なんだかよくわからへんのやけど…愛ちゃんはココ来たときから沈んどったんや、後からまこっちゃんが来て笑いかけたら益々愛ちゃん落ち込んだようになってな、そのぉ急に涙流しはじめたんや。」
そっと愛の顔を盗み見ると確かに目が赤く充血していた。
「愛ちゃんな、すぐ涙ぬぐって『えへへ』とかテレ笑いして誤魔化したんやけど、その後なんもしゃべらへんし。まこっちゃんはまこっちゃんで妙に明るいしで、ウチもどうしたらいいのか…。」
そのうちに着替えの終わった者からそそくさと更衣室を出て行き始める。
結局、緩慢な動作で着替えていた愛と遅れてやって来た麻琴、真希だけが残された。
「何もしないで諦めるの私いやだから」
突然、麻琴が愛に近寄って行く。まるで真希の存在などないように発された言葉に愛は一瞬真希の方を見やって「ヤメテよ」と短く返事をした。
「大丈夫だよ、後藤さん他所で変なこと言いふらしたりする人じゃないもん」
端で聞いていた真希も困惑を隠せない。どうにかして麻琴と二人きりで話したいと思っていた真希だが、思わぬ展開に身の置き所が無い。乱暴にトレーナーを着込んであわてて更衣室を後にしようとドアノブに手をかける。
「あの、ケンカとかじゃないですから…」
ドアをほんの少し開けたところで、それまで俯いていた愛が顔を上げて真希の背中に声をかける。
「ああ、うんそれならいいけどさ。あんまり遅いとみんな心配するからねー。」
「はい、あのだから皆には何も言わないでください。そのぉ吉澤さんにも…誰にも」
愛がひとみの名を出したことで真希は少し合点が行ったという表情になり軽く頷き、そのまま麻琴の表情をチラと伺ってから更衣室を後にした。
真希が出ていってしまうとまた麻琴と愛の間の空気が張りつめる。
「あのね、私ただ見てるだけでいいっていう愛ちゃんの考え解らない。今まで同じ人に憧れてる同士、一緒に吉澤さんの素敵なトコとか話ししたり楽しかったけど、やっぱり黙って見てるだけじゃツマラナイなって…ダメ元でも行動してみなきゃ何も変わらないじゃない。だから今日は私突っ走ることにしたの。」
麻琴は愛の両の肩に手を掛けて視線を合わせると更に続けた。
「今朝のエレベータの事は偶然なんだ。愛ちゃんには悪いと思ったけどチャンスだったから…まだ、ちゃんと告白はしてないんだけどさ結構いい感じだった。先に愛ちゃんに言っておけばよかったよね、私はっきりしないの嫌だからこの後たぶん告白する、だからさ…。」
ダメだったら慰めてくれる?と麻琴は口の両端を気持ち持ち上げて笑顔で言う。
そんな麻琴の表情を見ているうち愛の中にあったわだかまりがすこしずつ綻びて、冷静に考える力が戻って来た。
時々少し、ほんの少しだけ意地悪な瞳で自分をからかってきたりするけれど、物事をはっきりさせないと気が済まない麻琴の性格はキライではない。むしろ愛は潔く感じることすらある。
今だって、なにも告白することをいちいち愛に宣言する必要はないのに話してくれた。恋愛に後先など無いことは愛も十分に承知している、悔しければ自分もひとみにアタックすればいいだけのこと。
「うん、わかった。明日は残念会しようか二人で…」
まだ、完全に理解した訳ではない愛だったが、この年下の同期の潔さに軽い憧憬を覚えながら必死に笑顔を作ってみせる。
愛の精いっぱいの笑顔は麻琴から見ればあきらかに苦笑いの類いだったが、二人の間にあった張りつめた空気が一気に緩んだのは確かだった。
「まだ、振られるって決まってないのに『残念会』ってどういうコトよぉ」
わざと膨れっ面で言う麻琴に、愛はふと思い出して言った。
「でも、さっきのはちょっとヒドイよぉ。後藤さん変に思ったよきっと」
真希の居る前で突然突拍子もないことを言い出した麻琴の行動だけは未だに解らない様子だ。
そんな愛の言葉に麻琴は鼻先でフフっと笑うと
「ああ、あれはねぇ…。いいのただの挨拶代わりだから。」
と言ってのける。
口角を持ち上げ、先程と同じように微笑んではいるが瞳の輝きが妙な不敵さを感じさせる表情だ。
「挨拶?」
なんのことだか愛には皆目見当もつかない。
着替えを終えて楽屋に戻る準備をしながら「いいの、いいの」と呟く麻琴を愛はいつまでも怪訝な表情で見つめていた。
→【5】
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