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【5】
テレビ局での収録の仕事が終わり、続いて仕事のある者はそれぞれの車に分乗して散っていく。真希もソロシングルのプロモーションで別の局へと移動しなくてはならない。
楽屋近くの化粧室を避け、わざわざメンバーの来そうもないスタジオ近くの化粧室で密談中の真希とひとみ。真希はすでに移動の準備をすませ荷物を持って、次の仕事に行くための車にスタッフを待たせている、あまり時間はない。
「とにかく小川の真意を確かめないとさ…、他のメンバーにごっちんと付き合ってるコトばらされたら色々とマズイことになるじゃん。」
内心『メンバーにばれて困るのはよっすぃーだけじゃん』と思う真希。
けっして深みに踏み込まず踏み込ませず、飛び交う秋波を軽く往なして誰にも優しいオトコマエな人気者。ひとみはそんな状況を楽しんでいるとしか、真希には思えない。
周囲の誰にも秘密の恋というのも始めのうちはスリルを感じて楽しむこともできたが、近ごろではせめてメンバーくらいには認知されたいと思いはじめている。そうすれば、こんな面倒も起こらないではないか…と。
「いーい?誘導尋問にひっかからないでよー。よっすぃー単純だから小川に乗せられて余計なことまでしゃべらないように…ホント大丈夫かな。」
真希としても、麻琴の言動の本当の意味を知りたい気持ちは強いが仕事をないがしろにするコトはできない。
お調子者のひとみを麻琴と二人きりにするコトに不安は残るが、流石にメンバーとおかしなことにはならないだろうと真希は無理やりに自分を納得させる。
一方のひとみは麻琴と二人で話せるコトに妙な期待を感じていた。しかも、結果的にではあるが真希公認のような形で…これってオイシイじゃん、といたって素直に喜んでいる、根っからのお気楽さで深く考えてなどいない。
お互いの微妙な温度差を感じて真希は確かめるようにひとみの目を見つめる。
「よっすぃー、わかってると思うけどメンバーとトラブルは……ん」
言いかける真希を抱き寄せてその言葉を軽いキスで遮ると、
「わかってますって、ウチにはごっちんだけだもん、ね」
とひとみは笑顔でウィンクしてみせる。
この笑顔に真希は弱い。そしてどんなに周りに愛想を振りまいていても最後には必ず自分の元に戻ってくるコトも今までのパターンで分かりきっていること。
付き合ってたったの1年でそんなコトが分かってしまうほど数々のトラブルを経験していること自体問題あるとも言えるが、色々なコトを乗り越えて来た真希はひとみの浮気グセについて既に達観したようなトコロがある。
後ろ髪を引かれながらも移動の時間が迫っている真希はひとみの腕をやんわりとほどくと、もう一度だけ念を押した。
「ちゃんと話聞いといてよ、あとで電話するからね。」
化粧室を出る直前、思い出したように振り返って拳をひとみのみぞおちに軽く当てる真希。
「あと、小川泣かせないように…一応先輩なんだから」
寸止めしたハズだったのに、勢い込んで真希の後について化粧室を出ようとしていたひとみは自らパンチをもらいに行ってしまった形になる。
半分涙目になり腹を抱えて蹲りながらも必死にオトコマエな顔を作ってみせるひとみ。
「ウチがオンナノコ泣かすわけないじゃん…てかウチが泣きそうだよ、イテテェ」
その、オトコマエ顔と鈍感で何人泣いてると思ってんのよ…一番の被害者である真希はこの後の展開に暗雲が立篭めているのを感じつつ次の仕事に向けて気持ちを切り替えようと必死な面持ちで待たせているスタッフの元へと急ぎ足で向かうのだった。
ひとみが腹をさすりながら楽屋にもどると、五期メンバーが圭にダメだしされているトコロだった。
「高橋、あんな暗い顔テレビじゃ許されないのよっ。小川はなんか浮かれてるしっ、いつまでも新人のつもりじゃダメよ。紺野と新垣はそれ以前!もうちょっと早く楽屋入りして台本チェックぐらいしなさい」
真面目モードの圭はさっきふざけた辻加護を追いかけていた時の比じゃなく恐い。五期メンバーが目を合わせられないのが無理もないくらい。
徹底したプロ根性ゆえの真剣さだと今ではひとみも圭を尊敬すらしていたが、加入当時は恐くて圭の近くにいるだけで緊張したものだった。
「圭ちゃん、ちょっと話いいっすか?」
ひとみが声をかけると、圭は五期メンバー向かって
「明日もおんなじコトしたら、居残りだからねっ」
と、言ってそっけなく手振りで『帰っていい』と伝える。そんな圭の仕草は相手を思いやっている時の照れ隠し。五期メンバーも近ごろはそれが分ってきたようで口々に『ありがとうございました』と言って頭をさげているその表情は真剣ながら暗いところはない。
「んで、何よ?」
帰り支度をする五期メンバーとは離れた楽屋の隅で圭はひとみに厳しい顔で訊ねてくる。さきほどまでの真剣モードからいきなり砕けた表情に切り替えるのは難しいようで、眉間にはシワが寄ったままだ。
「てか、圭ちゃん顔恐いっす…それ五期メンじゃなくてもビビるって」
ひとみの一言多い発言に圭はちょっと逆切れぎみに切り返してくる。
「五期メンって言えば、今日はアンタもちょっと浮かれてたわよ!何よ、何なのよ話があるならとっととしてちょーだい!」
話など特にない、圭のダメだしを早めに切り上げてもらわねば麻琴と話すこともできないので、咄嗟に出た言葉だった。
「あー、あのやっぱ今日はいいっす。今度時間のあるときにでもゆっくり…その、ちょっと込み入った話なんで」
この後、きっと麻琴に告白されるに違いない。ひとみの頭の中はすっかりオトコマエモード、こんなときどういうわけかひとみの口からはスラスラとその場をごまかす言葉が出てくる。真希と付き合ってからの数々のトラブル…全てひとみのお気楽さから引き起こされたトラブルを切り抜けた経験からひとみが学習した、たった一つの特技のようなものだった。
もし、この場に真希がいたなら「もっと違うこと学習してほしいよ」と思ったに違いない。
「あっそ、じゃアンタも早く帰んなさいよ。どうせ後藤も次の仕事行っちゃったんでしょ。」
そう圭に言われた時には、すでにひとみは自分の荷物に手をかけつつ携帯で麻琴に、この後二人で話すための連絡メールを送信していた。
→【6】
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