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【2】
「いやぁ、よっさんモテモテやな…」
ゆうちゃんの声にあらためてヒトミたちの様子を観察してみる。
周りのコたちは、なんていうかお互いに微妙な距離感を測って自分の居場所を探っているような感じ。
真ん中にいるヒトミから等距離を保った円周上で一歩踏み込みたそうに、けど仲間の出方をうかがっているみたい。
たった一人、ごっつぁんだけがその円の中に平気で踏み込んでいた。
敵意といってもいい、他のコとは明らかに違う空気を纏っているのも、ごっつぁん一人を浮かび上がらせている原因だろう。
石川やなっちがヒトミとの距離を詰めようとするのをピリピリした表情で阻止しようとやっきになっている姿がやけに目立つ。
当のヒトミはそんなごっつぁんの態度さえ楽しいようで時折ニヤニヤして何か口走っては、ごっつぁんの神経を逆なでしている。
「ねえ…どういうんだろうね?…アレ」
ヒトミたちから少し離れたテーブルでアタシと差し向いに座っているゆうちゃんもさっきからみんなの様子をチラチラと気にして見ているみたい。
「ん…?ああ、よっさんか?…それとも後藤のこと言うてるんか?」
やっぱり、ゆうちゃんの目にも集団の中でヒトミとごっつぁんだけ浮き上がって見えるのかな。
「ヒトミって、あんなに軽いナンパ人間じゃなかったんだけど、何考えてるのか全然わかんないよ」
窓から差し込む夏の日差しを反射してキラキラ光る髪を揺らしながらゆうちゃんは軽く笑って呑気そうな声をだす。
「まあ、ええやんか。若いうちは色々あって当然や、ウチに居る娘ぉらはみんなバカじゃないんやし舞い上がっとるだけならその内冷めるやろ」
その内…って、ヒトミは夏休みが終われば寮を出ていくんだからいいけど、アタシのはその後の事の方が心配だよ。
ヒトミを挟んで寮生同士の仲が変な方向にこじれやしないかって…。
「後藤は、アレやなぁ…まるで番犬のごときやな」
お茶を飲みながら、あははと笑うゆうちゃん。
「寮のみんなをヒトミ狼から守ってるってワケだ?」
石川に笑いかけるヒトミを睨みつけてるごっつぁんの表情は真剣そのもの、あんなのピアノの前に座ってる時にしか見たことないよ…。
「…ん〜、あるいは…や、ライバルを恋人に近づけんよう守っとる…なぁんてな」
突拍子もない事を言ったかと思うとゆうちゃんは今度はがははっと自分の思いつきにかなりウケた様子で豪快に笑った。
昨日、音楽室で初めてヒトミと会ったときのごっつぁんを思いだす。しばらくアタシが居ることにも気付かないでヒトミを見つめていたごっつぁん。
…まさか、ね。
ゆうちゃんの冗談はいつものこと、いちいち真に受けてたら寮長なんてやってらんないよ。
「それより、あれや!カオリはどないしたんや?戻ってきたら真っ先にゆうちゃんに挨拶に来るのが常識ってもんやないの?」
ひとしきり笑った後、思いだしたようにゆうちゃんはちょっぴり真顔になって言う。
「うん…疲れてるだけならいいしね…夕食前にでも様子見に行くよ」
頼まれたワケじゃないけど、自分も気になってるからそう言った。
「おう…何も言ってこんから体調悪いって事もないやろし、いつもの気まぐれやと思うねんけどな」
「あのさぁ…ヒトミと、その、何かあったってことはないかな?」
視界の端にうつる寮生に囲まれたヒトミは昨日から変わらず人当たりのよさそうな笑顔を崩していないけれどカオリの所から戻ってから、どうも寮生たちへの接し方が大胆になっている…話し掛ける時には相手の目を見つめるのはあたりまえ、相手の手に触れたり肩を抱いてみたり…相手が頬を染めて俯いたりすれば嬉しそうな笑顔の端からほんの少し意地悪っぽい顔をのぞかせる。
「よっさんかぁ?…なんかってなぁ、あったとしてもカオリはそんなんで動揺する程うぶじゃないやんか」
確かにカオリは矢口と一緒で他の寮生とは違い恋愛にはフランクな方で、ヒトミが少々のモーションをかけたくらいで部屋に閉じこもるほど動揺するとは思えない。
「とにかく、後で様子見に行くよ」
そんな事を話している内に三々五々食堂から出ていく寮生たち。
アタシも午後の勉強をするべく自分の部屋へ戻るために立ち上がった。
「ええか、いくら従妹やからって圭坊が責任感じることないんやで…あんま気にすんなや」
別れ際、ゆうちゃんはそう言ってくれたけどヒトミの深い傷を知っているだけに気にせずに見過ごすことなど出来そうもなかった。
どうしたものかと考えながらする勉強がはかどるワケもない。
自分に課したノルマをほとんどこなせないまま、午後ののどかな時間はあっという間に過ぎていく。
午後はそれぞれ寮生たちも予備校や部活動と忙しい…ヒトミも明日から通う予備校の下見に出かけたようで、特に問題が起こることもなかった。
夕食の時間が近づき、再び寮生たちが食堂に顔を見せ始めたけれど、やっぱりカオリの姿が見当たらない。
一人ひとりにカオリのことを尋ねても誰もカオリに会っていないという返事ばかり…。
最後に紺野に同じ質問をすると、しばらく目線を泳がせて何か知っているようなそぶりをみせた。
泳いだ視線は時折チラリとヒトミの方へと向けられている。
紺野が何か知ってるのは確かみたいだし、それにヒトミが絡んでいるのも間違いなさそうだ。
アタシの悪い予感があたらない事を祈りながら、声を潜めて紺野を問いただす。
「何か知ってるなら教えてちょうだい、黙ってて大事になったら紺野だってイヤじゃない?」
黙っていたって、紺野に何か責任が及ぶワケじゃない…けどアタシは声の調子で黙ってたら困ったことになるかもしれないよ、という含みを持たせて低く強い声で言った。
こんな脅すみたいなのアタシの主義に反するけど、脅されて白状したっていうシチュエーションの方が紺野も気が楽だろうし…。
「あ、はい、あの…いや私は別に、なにもですね、えっとぉ…」
それでも、紺野は口ごもってなかなか答えない。
泳いでいたはずの視線がもうヒトミに釘付になっているのを隠すのも忘れたようだ。
その視線に気付いたヒトミがこちらに近づいてきた…紺野はヘビに睨まれたカエルみたいに動けない。
「あれぇ、ダメじゃん圭ちゃんてば小さい子いじめたら…」
いかにも紺野の味方ですって感じに肩に手を回して自分の方へ引き寄せる。
「あの、言ってませんエレベータで飯田さんが吉澤さんにキスしてたなんて…いえ、そうじゃなくって…あの見てません…完璧です、完璧に見てませんでした!」
語るに落ちた…といっては紺野が可哀想かな。ヒトミがプレッシャーをかけた事は完全に裏目に出たようで、慌てた紺野はあっさりカオリとヒトミの間にあった出来事を白状してしまった。
でも今『飯田さんが吉澤さんに…』って言った?『吉澤さんが飯田さんに…』の間違いじゃないの?
なんだか、せっかく紺野にしゃべらせたけれど余計解らなくなった…カオリの方からヒトミに?
思いのほか大きな声だった紺野の発言に他の寮生たちはあっけにとられているようだったけど、ヒトミは相変らず動じないで『しょうがない』という風に肩を竦めているだけ。
結局なにも解らないって状況はそのまんま、とにかくカオリの様子を見に行こうと食堂の出口へ向かう。
この後気を取り直したみんなが騒ぎだすんだろうな…と思いながら寮生たちをうかがってみる。
一瞬の動揺の後平静を装ってる?矢口、情けない八の字眉で泣きそうな石川に沈んだ様子のなっち。
ごっつぁんは…後ろ姿で今どんな表情してるかは見えないけど、また怒りを露にするんだろうか、それとも『ほらね、やっぱり』って石川にしたり顔で言うのかな?
小川と高橋が何か囁きあいながら紺野に近づいて行くのと入れ違いにヒトミは紺野の側を離れ誰もいない窓辺のすみっこのテーブルのそのまた端のイスに腰掛けて「う〜ん」と唸って伸びを一つ、テーブルに肘を突き窓の外を眺めて周りのコたちの様子なんて全く気にしていないような素振り。
これだけ周りをかき回しておいて呑気なもんだわね…と思いながら廊下に出た。
背後で気を取り直したらしい紺野がアタフタと自分の発言に言い訳する声が聞こえたけど多分誰も聞いちゃいない。
とにかくカオリと話そう。そこにもしかしたら糸口が見つかるかも知れない…何の糸口?
浮き足立った寮生たちを落ちつかせる糸口?ヒトミの傷を癒すための糸口?
それさえも解らない、カオリが冷静に話せる状態なのかさえも解らないけど、他にどうすべきか、いい思いつきがあるわけじゃない。
カオリに会ってどう切り出せばいいのか悩みながら乗ったエレベータは考える暇など与えないとばかりにいつもより早くアタシを三階に運んだような気がした。
7−【1】←・→8−【1】
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