恋をとめないで <8>-Hitomi-


【2】

 ウチは圭ちゃんの窺うような視線を逃れて窓際の席に移動する。
 ちょっぴりバツが悪い気分になったけど、頭の中では次は誰をどんな風に口説こうかなんて事を考えながらみんなの様子をしっかりとチェックすることも忘れない。
 みんなちょっとザワついてるみたいだけど、たいした事ないね…圭ちゃんはそんなみんなの横をすり抜けて食堂を出ていっちゃった。
 とりあえず圭ちゃんにあれこれ詮索されるのも面倒だから釘刺しておくかな。
 ノロノロと立ち上がって圭ちゃんの後を追いかけることにする。

 すれ違いざま、視線を向けるとあさ美ちゃんは愛ちゃんと麻琴ちゃんに挟まれてシドロモドロに『見てない、知らない』を繰返しながら申し訳なさそうな視線をウチに向けていた。
 何でもないよ…という風に肩を竦めて見せると、あさ美ちゃんより両側の二人の方が反応しているのに苦笑してしまう。
 そのまま梨華ちゃん、矢口さん、安倍さんと順に並んだ前を過ぎる。
 3人とも何か言いたそうな表情だけどとりあえず今はスルー。

 最後にごっちんの前を通る時少しだけ歩くスピードを緩めて様子をうかがった。
 何か言われるね、きっと。『女たらし』かな?それともまた『いいかげん』とか言われるのかな?
 そう思ったのにごっちんはウチと目が合うとあからさまに視線を逸らして黙ったまま…なんか拍子抜けしちゃうな。

 廊下へのドアを開けた時、ようやくごっちんは『バカ…』と小さな声で呟いた。
 一方的にキスされただけで何で『バカ』なのかかなり納得いかなかったけど、ごっちんがさっきまでと同じように文句を言ったのでちょっぴり安心する。
 …安心?何で?
 ああ、そうだよガンガン文句言って来る方が闘志燃えるんだったっけ。
 いつもと違うごっちんの態度に気をとられてちょっと出遅れたウチはエレベータのドアが閉まるのに間に合わず圭ちゃんに追いつくことが出来なかった。
 昼間、あさ美ちゃんが駆け込んだ階段を思いだし走って3階へと駆け上がる。

 なんとかカオリさんの部屋の前で追いついてドアをノックしようとしていた圭ちゃんの腕を掴んだ。

 「何よヤブから棒に!」

 いきなりだったから、さすがに驚いた表情で圭ちゃんは振り返った。

 「あのさ、何か圭ちゃん怒ってるみたいだから誤解解いておこうと思ってさ」

 実際は怒っているというよりも呆れているというのが正しいのかもしれないけど、この際細かいことはどうでもいい。

 「ウチはみんなと早く仲良くなりたいだけなんだよ…そこんとこ間違えないでよね」

 言いながら、自分でも説得力ゼロだと思い内心で苦笑する。

 まあ、3年前の事と今のウチの事を繋げて考えられなきゃいいんだから、ウチは『ただみんなを惑わすいい加減なヤツ』と思われた方が都合がいい。
 いいわけも自分を守るための口から出任せだと思われてもかまわない。

 圭ちゃんはアイツの葬式でカオリさんを見かけているかもしれないのだから、3年前と今を結びつけるようなことになったら面倒なだけ。

 「仲良くは結構だけど、あんまり誰にでも愛想振りまいてるとみんな勘違いして大変なことになるわよ…アンタ確信犯でしょ?みんなを傷つけるようなマネし続けるなら本気で怒るわよ」

 圭ちゃんは『怒る』と言いながらもどこか優しげな口調を崩さない。

 子供の頃から正義感の強かった圭ちゃん。
 圭ちゃんが本気で怒るところは何度か見た事がある。
 それはウチが上級生のガキ大将にいじめられた時だったり、逆にウチが友達にいじわるした時だったり、とにかく人を傷つける人間に対しては容赦がなかった。
 ウチをかばって身体の大きな男の子に怒鳴る姿は頼もしかったけれど、自分が怒られる時は本気で怖かった。
 目がね、なんていうんだろう…射ぬくような鋭さで、当時まだ圭ちゃんだって中学生だったはずなのに、ウチは親に怒られるよりずっと怖かった。
 でも、今の圭ちゃんの目は鋭さの中にも何かを探るようなニュアンスも込められているように感じられる。

 「わかってるって…圭ちゃんにも立場あるもんね、でもさ向こうから来る分にはウチのせいじゃないって、そこんとこ間違えないでよね」

 圭ちゃんはウチの言葉にやっぱり少し呆れたような表情を浮かべて諦めたように肩をすくめた。

 圭ちゃんとの会話は極力声を潜めてしていたつもりだったのだけど、それ以上に静寂に包まれた廊下は二人の声を増幅させるように響かせていたみたいだ。
 部屋の中で人の動く気配がしてドアがそっと開かれる、5センチほどの細い隙間からカオリさんがこちらをうかがっていた。
 部屋の照明は点いておらずかろうじて差し込む廊下の明かりがほんのりとカオリさんの顔を浮かび上がらせている。

 カオリさんはウチと目が合うと、フッと口元を緩めて押えていたドアを大きく開いた。
 そこに圭ちゃんもいることにはドアを大きく開けてから気付いたようで、少し驚いた表情でウチと圭ちゃんを見比べるように視線を左右に振った後部屋の奥へと戻っていく。

 ドアを開けたままということは中に入れということなのだろう。
 ウチがここで中に入るべきかどうか迷って突っ立っていると、圭ちゃんは一つも躊躇することなくウチを置き去りに中へ入っていく。
 圭ちゃんとカオリさんがどんな話をするのか、気になるけれどウチがいなければ居ないでカオリさんは適当に誤魔化してくれるような気もする。

 問題は圭ちゃんが、どのくらい突っ込んだ質問をカオリさんにするかってところにある気もする。
 ここはカオリさんに賭けてみようか、後で適当に辻褄を合わせる方が無難と判断したウチは黙ってその場を立ち去ろうとした。
 開いたままだったドアを閉めようとした、その時圭ちゃんがこちらを振り返ってウチを手招きした。

 「せっかっくだから、ヒトミも入りなさいよ。ちょっと聞きたいこともあるし」

 部屋に入るときに圭ちゃんが入れたスイッチで明かりの灯された部屋、圭ちゃんの向こうに居るカオリさんも少し苦笑気味に微笑んで軽く首を傾げてウチを見つめている。
 明るい部屋で気を付けて見ると、カオリさんの目はほんの少しだけど赤く充血しているみたい、ウチが運んだスーツケースもそのままに暗い部屋で…泣いていた?まさかね。
 カオリさんの方からウチとの過去をバラすような事はないと思うけど、エレベータでの事を考えるとカオリさんも動揺しているのかも知れない、思わぬところでボロをだしてしまうかも…。

 圭ちゃんがカオリさんの方へ向き直り背を向けたその隙に人さし指を口元にあて、ウチは『ナイショ』の合図を送る。
 軽くカオリさんが頷いたのを確認してからウチはゆっくりと部屋に入りドアを後ろ手に閉めた。

8−【1】←・→9−【1】


妄想文リスト倉庫入り口トップ