恋をとめないで <10>-Kaori-


【2】

 カオリを本気で好きだった…確かに今よっすぃーはそう言ったよね。
 よっすぃーの本当の気持ち、そう言えばカオリは一度も聞いた事がなかった気がする。
 中指をしびれさせる小さな傷にそっと唇を寄せると大したケガでもないのにじんわりと血の味が口中に広がってボーッとしてた頭が少しだけはっきりしてきた。

 「ヒドイよ本当のこと言ってくれたら…ウチは、ウチはこんな」

 よっすぃーは切れてしまうんじゃないかっていうほどに下唇を噛みしめてカオリから視線をそらした。

 カオリが一番幸せだった頃に描いたよっすぃーのスケッチをジッと見つめる。
 絵の中のよっすぃーは優しい目でカオリを見つめ返してくれる。
 その優しい瞳を信じたいと何度も思ったけれど…出来なかったカオリ。
 信じられなかったのは、何故?

 「酷いね、カオリは確かに酷い嘘つき…けど、だったらよっすぃーは?」

 自分の本心を話しながらずっと引っ掛かっていた事。
 嘘つきで一番好きな人に本心を伝えることが怖かったカオリ。
 けれど、よっすぃーの本心は?一度でも伝えてくれてたらカオリだって…。

 いつもいつも、本当の気持ちを告白しようとするカオリの決心を鈍らせたよっすぃーの一言。
 『カオリさんが新しい恋を見つけるまでウチが兄貴の代わりするから』
 あくまでも彼の代わりだって言うよっすぃー。
 やさしく口づけた唇からこぼれるカオリを打ちのめすその言葉。
 側に居るのは自分の意志じゃない…そう言われてるようで本当の気持ちなんて告げることできなかった。
 これは、カオリだけの…罪?

 「ずっと…誰もウチの事なんて見てくれなかった、いつだって誰かの…アイツの陰から抜け出せない。親も真剣に話を聞いてくれた事ないし、学校でも「あの吉澤の妹か」って言われ続けて…」

 よっすぃーの一番印象的なはずの瞳に今は弱々しい光しか感じられない。

 「あの頃…毎日息苦しくて、大好きだったはずの兄貴の影から逃れる方法ばかり探してもがいてた。カオリさんに…会うまでは…」

 握りしめた拳を震わせて立ち尽くしていたよっすぃーから、ふっと力が抜けてそのままベッドの縁に崩れるように座り込む。

 「見つめているだけでよかった…妹みたいって言って笑ってくれるだけで嬉しかった。他愛もない内緒話して、兄貴に『二人だけの秘密だもん』って言ってくれるだけで…」

 急によっすぃーが頼りなく小さく見えて…。
 気付いたらカオリ立ち上がってうなだれたよっすぃーの頭をそっと抱きしめていた。

 「アイツがいなくなって…カオリさんを独り占め出来るって思った、兄貴が死んだのに悲しいよりそっちが先だった」

 よっすぃーも?カオリと寄り添いながら苦しんでたの?
 搾り出すように声を震わせたよっすぃーの顔は見えないけれど、きっとカオリが告白した時と同じように苦しさに歪んでいるね。

 「初めて…代わりでもいいって、カオリさんの側にいられるなら代わりでもいいと思ったんだ」

 二人とも互いを想って寄り添いながら、気持ちを伝えられなくて…心は遠いままだったんだね。
 カオリはよっすぃーにしがみついて、でも船の上から楽しそうな兄妹を眺めていた時と二人の距離は変わらなかったんだ。
 よっすぃーも同じ、きっとカオリとお兄さんが二人で居る姿を向こうの方から見ていた時のまま。

 なんか、カオリ…バカみたい。カオリもよっすぃーも…バカみたい。
 たった一つの言葉を言えずに目の前にあった一番欲しかった物を手放した。

 「よっすぃーの事思い出すたび泣いてた、よっすぃーの姿思い出して一人で絵を描いてる時だけ昔に戻れる気がして…」

 よっすぃーの頭を抱えるようにしてるカオリの腰にそっとよっすぃーも腕を回してくる…抱きしめてくれるっていうよりも縋り付いているようで、初めて会った時の幼く見えた顔が浮かんでくる。

 「何度か電話しようと思った事もあったの…手紙も書いたけど出せなかった。よっすぃーがカオリの事そんな風に思っててくれるなんて知らなかったから、鬱陶しい女って思われたくなくて…」

 ようやくスケッチブックも目に付かないトコロにしまい込むのに成功したのに…いきなり本物のよっすぃーがカオリの前に現れた。
 二年ぶりに再開したよっすぃーはカオリの絵よりずっと大人びて…。

 「それなのに…おかしいよね。顔を見たら封じ込めてた想いが溢れ出して…嫌われてるだろうって解ってたのに身体が勝手に動いちゃった」

 なんであんな事って最初は思ったけど単純なこと、カオリは今でもまだよっすぃーが好きなんだ、無理矢理忘れようとしたけどちゃんとしたお別れをしてないから諦めきれてないんだ。

 「嫌ってなんかない…好きだった、本気だったんだ。一緒に居るうちにやっぱり代わりじゃ我慢できなくなった。カオリさんにホントのウチを好きになって欲しかった」

 『代わり』って言葉を何度も口にするよっすぃー。
 自分で自分をお兄さんの代わりだって言い続けてたのは、カオリにそれを否定して欲しかったからなの?
 カオリが自分勝手に逃げ出した事だけがよっすぃーを傷つけてたワケじゃなかったんだね。
 振られたくらいで、あんなに冷たい目で純情そうな娘をからかうようなマネ平気でするような人間になるハズないものね。

 よっすぃーが変わったのは、カオリがよっすぃーの事をお兄さんの『代わり』にしてたと思い込んでしまったせいなのね。


 うん…出来のいい兄弟に対する劣等感みたいなの、カオリにもあった。
 綺麗でスタイルがよくてカッコイイお姉ちゃんに小さい頃から憧れてたけど、同じ姉妹なのに何で自分は?って思うことよくあった。
 でも、ママがいつも『圭織には圭織だけのいいところがいっぱいあるよ』って繰返し繰返し言ってくれて…それって暗示みたいな物かもしれないけどカオリは自分に自信が持てるようになった気がする。
 よっすぃーにはそんな風に言ってくれる人はいなかったのかな、あの時カオリが一度でも言ってあげることが出来ていたらこうして再会した今よっすぃーは以前と同じ優しい目でカオリを許してくれたかな?

 今からでも間に合うのなら、よっすぃーが一番求めているものカオリがあげること出来るのなら…。

 「よっすぃー、こっち向いて」

 よっすぃーから少し身体を離してしゃがみ込む。
 そっと顔を上げたよっすぃーの目からは、さっきカオリに詰め寄った時の激しさは消えていて今は迷子になって不安に脅える子供のよう。

 「カオリはね、誰の代わりでもなくよっすぃーが好きだったよ。さっきも言ったけどね彼が…お兄さんが生きてるときから好きだったの」

 カオリの言葉を計るように目をのぞき込んでくるよっすぃー。
 本当の気持ちを解ってもらえるように、信じてもらえるように今まで溜め込んでた『好き』を視線に込める。

 黙ったまま見つめあう時間、さっきまでの二人ならお互いにすぐ目を背けあっていたかもしれない。
 けどカオリはもうよっすぃーを怖いと思わない、悲しむ前に好きな人の事を想ってしまった自分は今でもどこかオカシイ気がするけれどよっすぃーも同じ気持ちだったと解ったから。

 「兄貴より…ウチを好きだった?」

 消え入るようなよっすぃーの声にしっかりと頷いて見せる。
 静かに目を伏せたよっすぃー…カオリの気持ち信じて!お願いだから。

 再び上げられた目からこぼれ落ちたのは溶けて流れ出したよっすぃーの気持ち?
 凍りついていた心のカケラなの?
 涙混じりの微かな笑顔はカオリを信じてくれたって思っていいよね。

 じっとよっすぃーを見つめているカオリ。
 再び優しい光を灯しだした瞳に好きな気持ちが押えられない。
 ちゃんと、ちゃんとよっすぃーに振ってもらわなくちゃカオリ諦められない。

 「あのね、もう一回だけキス…していい?」

 赤く充血した目を見開いて驚いたようにカオリを見るよっすぃー。
 返事を待たずにそっと顔を近づけると、よっすぃーはカオリの肩に手をかけてやんわりと押し戻す。
 そうだよね、どこか隅っこでやり直せるかもなんて甘い事を考えてたけど、これでいいんだよね…やっと終われるんだもん、泣いちゃダメ。

 「勝手な事言ってゴメンね」

 そう言いきらないうちにカオリは抱寄せられて優しい腕の中、唇によっすぃーの吐息を感じて自然と目を閉じた。
 触れるだけのキス、二人寄り添っていた時に感じた偽物の幸せなんかよりずっと暖かい気持ちが交差する。

 「…ウチの方からしたかったから」

 はにかんだ笑顔は昔のまま、カオリの知ってるよっすぃーのまま。

 「まださ、なんであの時って思う気持ちは有る…けど好きだったカオリさんが、ウチを誰の代わりでもないって言ってくれて嬉しかったんだホント嬉しかった、ありがとう」

 『好きだった』…過去形なんだね。
 やっぱり淋しいな、でもやっとカオリたち恋を始めて終わらせること出来るんだね。

 「今度、誰かを好きになったら素直になってね、カオリもそうする。約束だよ」

 強引によっすぃーの手を取って指切りする。
 苦笑いしながらTシャツの肩口に顔をこすりつけて涙を拭うよっすぃーの横顔はとても綺麗で…。
 正面を向いたその瞬間を狙ってカオリからもう一度キスをした。
 驚きすぎて瞬きも出来ないよっすぃーにいたずらっぽくウインク。
 カオリ上手に笑えてる?

 「やっぱりカオリからしたかった…カオリ綺麗な子が好きだから」

10−【1】←・→11−【1】


妄想文リスト倉庫入り口トップ