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【1】
よっすぃーが以前カオリと付き合っていた?
裕ちゃんの掛け声で様子をうかがいに来たみんなの一番後ろに付いて来てはみたけど、さすがにヤグチたちのようにドアに引っ付いて会話を聞くのは気が引けた。
一番後ろで様子を窺うけど先頭の裕ちゃんとヤグチから、中学生チーム、高橋、梨華ちゃん…と伝言ゲームみたいに伝わってくる情報だけじゃ、何が何だかよく解らない。
裕ちゃんは完全に面白がっている風、小川、紺野に高橋あたりは妙に頬を染めて声こそあげないけどかなり興奮しているのが表情で判る。
きっと裕ちゃんのことだからお子ちゃまチームには刺激の強い脚色も付け加えて中の様子を伝えて来ているんだろうけど、それを後に続く梨華ちゃんに言葉に出して言うのが恥ずかしいんだろうな。
そんな状態だから最後尾のなっちのところへ伝わって来たのは『よっすいーとカオリが昔付きあってた』こと、『よっすぃーはカオリに振られたと思い込んでて、カオリはよっすぃーに振られたと思い込んでるらしい』って事だけ。
けど、そんな話を聞いてもそれはなんだか恋愛映画の設定のようで、現実に身近な人に起こっている事とは思えない。
よっすぃーに…自分の好きな人にそんな事情があるって認めるには、なっちには余裕がなさすぎるのかもしれない。
なっちの好きになった人は、誰にでも優しくてそしてちょっと意地悪。
矢口と抱きあってたのを見ちゃって、それだけでも驚いてたのに翌朝は梨華ちゃんにも何かしたとかってごっつぁんのものすごい剣幕を目にして、呆気にとられるばっかりで全然付いていけないよ。
その上、戻ってきたカオリと複雑な事情があるらしいなんて…こういうことに慣れてなくって混乱するばっかり。
今、頭の中ではよっすぃーを囲んで矢口と梨華ちゃん、カオリの顔がグルグル回ってる。
「あさ美ちゃん、昼間何か気ぃ付かんかったの?」
「うぅん……」
「お互いに好きなのに何で別れたんだろうねぇ」
小川がふと漏らした一言に裕ちゃんが声を潜めながらも返事をする。
「男と女にはな、好きだけじゃ済まん事があるもんなんや。あんたらも大人なったら解るわ」
「吉澤さんと飯田さん女同士ですが?」
紺野の冷静なツッコミにヤグチが吹き出して裕ちゃんに押さえ込まれる。
「静かにせな、バレるやんかっ!」
突っ込まれた事は全然気にしていないのが裕ちゃんらしい。
「んー、なんかかなり複雑らしいで…」
ヤグチを押えながらも部屋の中の様子をうかがうことも忘れていない裕ちゃん。
「よっすぃー…辛い恋をしてたのね」
それまで黙っていた梨華ちゃんが突然ポツリと言う。
胸の前で手を組んで天井を見上げる姿は、こないだ読んだ少女マンガの主人公そっくり…なっちもよく乙女チックとか言われる事あるけどさすがにここまでなり切れないよ恥ずかしいっしょ、普通。
「……ふん」
壁にもたれてつまんなそうなごっつぁんは梨華ちゃんの言葉に小さく反応したけど、さっきから自分には関係ないって顔。
梨華ちゃんに引っ張られて来ただけって態度を崩さないごっつぁんだけど、時折裕ちゃんが中の様子を口にするたびチラリと視線を向ける…やっぱり気にはなるんだね。
なっちもさ、気になるけどこんな風に立ち聞きみたいなマネしてるのって良くないよね…そう思うと自分がここにいることが急に恥ずかしくなる。
先に食堂に戻ろうかな…って思った時、いきなりドアが開いて圭ちゃんが出て来た。
「…で、あんたたち何してんの?」
腕組みで仁王立ちの圭ちゃんにさすがの裕ちゃんも慌ててみんなを追い立て始める。
もちろん裕ちゃんがいくら誤魔化したってこの状況じゃ無理があるよね。
みんなを呆れた表情で見回す圭ちゃんと一瞬目が合ってバツが悪い。
実際にはみんなに付いてきただけなんだけど、同じことだもんね。
圭ちゃんの登場で裕ちゃんも偵察は諦めたみたい。
ワイワイとよっすぃーとカオリの話題を口にしながら先を行く裕ちゃん、ヤグチや中学生チームの中に混ざるのはなんか気が引けた。
かといって、圭ちゃんと一緒になるのも恥ずかしくて、なっちは一人二つのグループの中間で距離をはかるように歩く。
裕ちゃんたちがエレベータで先に行ってしまうとようやく、少し考える余裕が出て来た。
よっすぃーは今でもカオリを好きなのかな?
でも、ヤグチと恋人同士みたいに抱きあってたよね…。
ヤグチは平気なの?面白がってるとしか思えない裕ちゃんと一緒になって盛り上がってるのが、どうにも理解できないんだけど。
階段室に足を踏み入れた時、後ろの方をノロノロと歩いていたごっつぁんの声が聞こえる。
「傷ついてるからって、他人を傷つけていいってことにはならないよ」
確かにごっつぁんの言うことは正しい。
けど、なっちにはやっぱりよっすぃーが悪意だけでみんなの気を引くような態度をしてるとは思えない。
昨夜、みんなで話しながらずっと触れ合ってたよっすぃーの手の感触が甦る。
目をのぞき込まれる度に逆になっちもよっすぃーの目の奥を何度も見てる。
明るく笑ってる顔ばかり浮かぶけれど、よっすぃーの瞳はどんなだった?
心の底から笑ってた?
意地悪そうに光っていた?
…ううん、そんな事なかった。
いつもいつも他人の気持ちをついつい先回りして考えてしまうクセのあるなっちは相手が自分に向ける目線をいつも気にしてしまう。
けど、だから解る…よっすぃーの目はイタズラっぽい色をしてたけどどこか淋しそうだった。
その淋しそうな目もよっすぃーの演技だとしたら…
なっちだけじゃない、矢口も梨華ちゃんも騙されちゃってるだけなの?
そんなことないよ、ね。
食堂に戻っても裕ちゃんたちは相変らずののりでよっすぃーとカオリの話題で盛り上がっている。
どうしても気になって、食事の後ヤグチをつかまえて話かけてみた。
「ねえ、ヤグチは平気なの?よっすぃーとカオリの事」
こんな事聞くのはちょっと意地悪かな?
昨夜の二人の様子を目撃してるだけに、面白がっているみたいなヤグチの態度に少しだけ腹をたててたのかもしれない。
よっすぃーと抱きあって囁きあっていたヤグチが羨ましかったのに、全然関係ないみたいな顔してるヤグチに…
「平気っていうか…別に昔のことじゃん?よっすぃーがカオリをまだ好きならそれはそれで仕方ないしさ」
仕方ないで済ませられるの?そういうもんなの?
「だってヤグチ、よっすぃーとその…あのさ昨日の夜ね廊下で見ちゃったんだ」
さっきの立ち聞きよりずっと恥ずかしい事だよね、二人の様子を盗み見てたなんて。
「なに?なっちオイラの事心配してくれてるんだ?もしかしてなっちってオイラのこと好きだったりして」
ケラケラと笑ってヤグチはなっちに顔を近づけてくる、よっすぃーがいつもしてるように。
ドギマギして下を向いちゃったなっちの頭をヤグチはポンポンって軽くたたいて静かに言う、さっきまでのへらへらした感じじゃなくなんだかとても優しい笑顔。
「…っていうのは冗談だけどね。なっちもっと自分の気持ちを先に考えていいん
じゃないの?オイラの事とかカオリの事を気づかってくれる優しさはなっちのとってもいいところだと思うけどさ、何でも先回りして考え込んでちゃ恋なんて逃げちゃうよ」
自分の気持ちを優先する…って簡単に言うけど、なっちにとってはすごく難しい事だよ。
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