恋をとめないで <2>-Maki-


【2】

 夕方になり寮の仲間たちがポツポツと戻って来た。
 吉澤さんは食堂で圭ちゃんとお茶しているらしい。
 帰ってきた寮生たちがみんな部屋に閉じこもっていた私のところに駆け込んできては、いちいち報告してくれる。

 最初に部屋に飛び込んできたのは、私の真下の部屋に住んでいるやぐっつぁんだった。
 矢口真里…短大の2年で親は会社をいくつも経営している社長さん。裕福な家庭の子ばかりの寮生の中でも正真正銘の「お嬢様」。なのに、気取ったところが全然なくて、年下の寮生とも気さくに付き合ってくれるのでみんなの人気者だ。

 「ねえ、ねえ、ごっつぁん!見た?ねえ、もう見た?すっごいカッコイイ子が入ってきたんだよ!」

 少し興奮気味に話すやぐっつぁんの頬はほんのりピンク色に染まっている。

 「よっすぃーってばさ、あ、吉澤さんていうんだけど友達には『よっすぃー』って呼ばれてるんだって。それでさ、ヤグチよっすぃーに『かわいいですね』って言われちゃったよぉ」

 チクン…。胸の奥の方で得体のしれない小さな痛みが走ったような気がする。
 『かわいい』…私だって言われたよ、やぐっつぁんより私の方が先に言われたんだよ。

 「圭ちゃんの従姉妹なんて信じらんないよねぇ…キャハハッ」

 やぐっつぁんはよっぽど吉澤さんを気に入ったようで、黙り込んで俯いている私が聞いてようが聞いていまいがお構いなしって感じで話続けている。
 暫くすると、トントンと控え目なノックの音がして紺野あさ美と小川麻琴の中3コンビが入ってきた。

 「あー、矢口さんもここにいたぁ!」
 「矢口さんも会いました?」

 二人もやっぱりやぐっつぁんと同じに興奮気味だ。
 キャラキャラと騒がしい小川の実家は新潟で造り酒屋をやっている。親からは夏休みくらい帰って来いと言われているらしいが、田舎にはろくに遊ぶところもないからって帰る気はないみたい。
 その隣でニコニコしている紺野はちょっぴり鈍そうな外見とは裏腹に頭の回転が素晴らしくよく、将来は医者になるのだという。実家は札幌の大病院だから、きっと小さいときから英才教育されていたんだろう。この夏休みは当然のように予備校通いをするらしい。

 「ねー、カッコイイですよね。晩ご飯の後で部屋に遊びに行くんですよ、後藤さんも行きません?」
 「…………ご一緒しましょう」

 ちゃっかり部屋に行く約束を取り付けて来た中3コンビにやぐっつぁんが、しきりに「ずるーいヤグチも行く」を連発している。
 もうすぐ夕食の時間というトコロで更に私の部屋に来訪者が3人まとめてやってきた。

 私の学校の後輩で高一の高橋愛、実家は福井の大地主らしい。9月の合唱コンクールを前にして夏休み返上で部活に精を出している。

 「わたすぃー、手ぇ握られちゃいましたぁ」

 何度聞いてもつかみ所のないアクセント、それってただの握手だよ…愛ちゃん。

 「年下なのに大人っぽい子だべ」

 相変わらず北海道弁丸出しのなっち…安倍なつみは大学3年生、お父さんは有名な彫刻家らしい。

 「ごっちぃーん、私どっか変?ねえ、どっか変かな、なんかじっと見つめられちゃったよぉー」

 情けなく眉を八の字にさげて泣きそうな顔をしているのは石川梨華。梨華ちゃんは私より1つ年上の高3で歳が近いから寮生の中では私とは一番の仲良しだ。お家は支店がいくつもある大きな中華料理店をしてる。

 それにしても、なんだって私の部屋がこんなにごった返してるワケ?。寮に残っているコ、圭ちゃんを抜かして全員集合じゃない。

 「ちょっと、どうでもいいけどさぁ何でみんなして私の部屋に溜まってるワケ?いつもみたいに食堂で話せばいいじゃん」

 なんか面白くないぞ!どの子もみんな頬染めちゃって「手を握られた」だの「見つめられた」だの「カワイイって言われた」だのって、そんなの私だって…。

 「ヤグチはごっつぁんによっすぃーのコト教えてあげに来ただけだよ」
 「中澤さんに矢口さんと後藤さん居るって聞いたんで探してたら、お二人ともココにいたんで…ね?」
 「…………ね!」
 「わたすぃもぉ、みんなを探してたらぁ…」
 「本人居るのに食堂でウワサ話出来ないべさ」
 「ごっちぃーん、私どっか変?」

 あーもう!なんか段々腹が立ってきた。なんなの、あの吉澤さんって誰にでも「カワイイ」とか言いまくってるんじゃん。
 さっきまでドキドキしてた自分がバカみたいに思えてきた。

 「さ、もう晩ご飯の時間になるから行くべ」

 私の不機嫌を察したらしいなっちを先頭にゾロゾロとみんなが部屋を出て行く。

 「あー、ヤグチよっすぃーの隣の席取りぃ」

 一番後ろに居たやぐっつぁんが他のコをかき分けるようにして前に出て走り出した。それに続いて中3コンビ、愛ちゃんも走り出す。

 「あらら、みんな若いねぇー」

 なっち、おばさんぽいよ…。

 「ねえってば、ごっちぃん。どうしよう、私どっか変?」

 ああ、まだ梨華ちゃんが残ってた…。

 「どこも変じゃないよ、梨華ちゃんカワイイから見てただけだよ、きっと」

 梨華ちゃんの八の字まゆ毛がピンと上がって、困ったような顔だったのがパァっと笑顔になる。

 「そうかな?えへへ…そう思う?」

 ホント素直、っていうか単純なんだよね梨華ちゃんて。まあ、そこがカワイイんだけどね。

 「ほら、もう食堂行かないと」
 「ごっちんは行かないの?」
 「うん、これから出かけるから。お母さん明日からヨーロッパだから外でご飯食べる約束してるの」

 お母さんは1年の半分以上海外を飛び回ってる。

 「じゃ、また後でね」

 梨華ちゃんもやっとみんなの後を追って出ていった。

 「あーあ、なんか面倒くさいな」

 お母さんに会うと必ずピアノの話ばっかりになる。
 有名ピアニストの娘だからって当たり前のように才能があるとは限らない、当たり前のようにピアニストになりたいと思うワケじゃないのに。
 ピアノは好きだけど、時々何もかも投げ出したくなる時があるんだ。

 二人いるお姉ちゃんも小さいころは一緒にレッスンしていた。けれど中学生になるとオシャレや遊びに夢中になってレッスンをさぼり始め結局ピアノをやめてしまった。お姉ちゃん二人の失敗を繰り返さない為だろうか、私は中学入学と同時に私学の音大付属中に放り込まれてついでにこの寮に入れられた。
 ちょうど、お母さんが忙しくなって演奏旅行で家を開けるコトが多くなったのと重なったってコトもあったけど、なんとなく自分の気持ちをお母さんに言えないままズルズルと今日まできてしまっている。

 外出の予定はあらかじめ裕ちゃんに伝えてあったけど、出かける前に一声掛ける決まり。夕食は裕ちゃんも寮生と一緒だから、梨華ちゃんには行かないって言ったけど一旦2階でエレベータを降りて食堂に寄る。
 吉澤さんはきっとみんなに囲まれた真ん中でニヤけてるんだろうと思っていたら、何故か一番はじっこで梨華ちゃんと並んで座っていた。
 あーあ、やぐっつぁんてば顔恐いよ、梨華ちゃん後で大変だな…。

 裕ちゃんに出かけると告げて食堂を出る時、もう一度吉澤さんの方を見た。
 別に気になったワケじゃない。そうだよ、ただ情けないニヤけ顔を見てやろうと思っただけ。
 一瞬だけ吉澤さんと目が合う。音楽室から出ていく時と同じ、軽くウィンクされる。見間違え?また心臓がバクバクとリズムを早める…あんなヤツ、誰にでもウィンクなんか平気でしてるに違いない。
 エレベータに駆け込んで「落ち着け、落ち着け」って呟く私の身体中を昼間のバッハが駆け巡っていた。

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